第971話 クイズを出す男 1

「先生、いつもクイズを出していただき、ありがとうございました」


 そうオレに挨拶しに来たのは脳外科のレジデント。

 今日は彼の送別会だ。


 クイズって何の事?


 言われてようやく思い当たった。

 オレはクイズが大好きなのだ。

 出題するのも回答するのも。


 だからオレはよく手術室の大型モニターをみながらレジデントたちにクイズを出していた。


「ここに静脈が3本見えるけど、先生だったらどの静脈の間からクモ膜を切っていくのかな?」

「前頭葉側から1本目と2本目の間です」

「なるほど。前頭葉と1本目の間じゃなくて、あえてそこを選んだ理由は?」

「前頭葉と静脈の間だと、見えているだけでも2本くらいは枝が邪魔していますから」

「おっ、なかなか策士だな。じゃあ1本目と2本目の間のクモ膜を切っていったとして、先の方でその2本が合流していたらどうする?」

「それは困りますね。その場合は手前に戻った方がいいのでしょうか」


 シルビウスれつのクモ膜を切るときはこんな感じだった。

 奥の方に行くと、また違った景色になる。


「今、黄色い棒みたいなのが見えているけど、あれは何かな?」

「内頚動脈でしょうか」

「よし。じゃあその横に並んでいる白い棒みたいなのは?」

「視神経ですかね」

「なかなか分かっているな」

「恐れ入ります」

「じゃあ、今まさにクモ膜を切っているのは何の目的かな?」

「ええっと、分かりません」


 ここまで来て顕微鏡マイクロのぞいている術者から声がかかる。


「視神経と前頭葉の間を切っているんだ!」

「は、はい。聞こえていたんですね」


 オレはレジデントごとに、答えられるか答えられないか、くらいの所を狙ってクイズを出している。

 だから教育的効果は絶大……だと信じているんだけど。


 で、話はここからだ。


 クイズを出すのも解くのも好きなオレだけど、必ずしも得意というわけではない。

 だから今までの人生、多くの試験に落ちて来た。

 口にするのも恥ずかしいくらいの数だし、そもそもおぼえていないものも沢山ある。


 さすがに今の年齢になると、もう人生のかかった試験などというものには縁がなくなってしまった。

 TOEICトーイックの点数が会社での昇進に直結するというのだったら、時間をかけて準備して真剣に受けただろうと思う。

 立場的に英語でディスカッションしなくてはならない場面には時々出くわすが、英語の資格を取る必要はない。

 むしろ英検何級だとかTOEIC何点だと威張っていながら外国人診療から逃げ回る医師の方がよっぽどみっともない。


 逆に言えば、資格は問われないが能力は問われる。

 救急室に搬入された外国人、国際学会でのディスカッション、外国人医師による研修医向けレクチャーなど。

 英語でやり取りする場面は数多い。


 そういう状況に備えて英語の勉強は普段からしておく必要がある。

 ただ、どうすれば効果的な勉強が出来るのか、そいつが問題だ。


 で、色々な試行錯誤の末に辿たどいたのが「クイズ勉強法」だ。


(次回に続く)


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