第704話 サバイバル術を教える男

 週1回の総合診療科カンファレンス。

 研修医が担当している入院患者の病状についてプレゼンし、皆で治療方針について議論する。

 が、得てして病院での研修医サバイバル術を教える場になりがちだ。


「おい、患者が肩の痛みを訴えているんだったら整形外科にてもらえ!」

「でも、もう時間外ですし」

「相談するだけならカンファレンスのあとでも出来るだろう」

「でもお……」


 何しろ医学部を卒業したての研修医というのは要領が悪い。

 突っ込まれそうな所くらいあらかじめ対策しておけよ、全く。


「整形外科の先生が喜んで相談に乗ってくれる秘策を教えてやろうか」

「えっ、そんな秘策があるんですか?」


 研修医の顔がパッと明るくなる。


「あるよ、教えて欲しいか」

「是非教えてください!」


 これは秘策中の秘策だ。


「『僕は整形外科に興味があって入局も考えています』って言えば、大歓迎して教えてくれるぞ」

「えっ、でも整形外科って全然アカデミックじゃないし」

「アホウ! そんな本当の事を言ったら殺されるぞ」


 単なるサバイバル術だぞ。

 研修医にしか使えないわざを伝授してやったのに。

 何を言ってるんだ!


「もし整形外科の先生が期待しすぎたらどうするんですか」

「確かに。『教授とのアポをセッティングしておいたから、明日はスーツを着て来いよ』とか言われるかもしれんしな」

「それ、大変な事ですよ」

「いっそ整形外科に入局してしまったら? 万事解決じゃないか」

「そんな馬鹿な!」


 勢いで人生の進路を決めるのも悪くないと思うけどな。

 結婚と同じだ。

 ただし、この方法には弱点もある。


 たとえば、うっかり血液内科医に「血液に興味があります」みたいな事を言ってしまったら恐ろしい事になる。


「あの人らは例外なく血液オタクなんで、30分くらい熱く語られてしまうかもしれんぞ」

「興味ない話を30分も聞かされたら地獄です」

「年寄りの長話ながばなしと同じでエンドレスだからな。当然、それを回避する秘策もあるわけよ」


 だてに長く医者をやっているわけじゃない。

 当然、オレだって二の矢、三の矢を準備している。


「高齢の入院患者ってのは複数の病気を持っているのが普通だ」

「ええ」

「だから内分泌内科とか腎臓内科の先生らが関わっていることも多いわけよ」


 話の先が見えない、という表情の研修医にオレは言ってやった。


「だから『この患者さん、HbA1Cヘモグロビンエーワンシーの目標値はどのくらいに設定したらいいのでしょうか?』という真面目な質問の後に『これ、先生にいていいか分からないのですけど』と内分泌内科の先生に切り出すわけよ」

「ええ」

「そうすると『俺をみくびるなよ!』と向こうは前のめりになってくるからさ」


 研修医の表情は相変わらず「?」だ。


「そこで『鉄欠乏性貧血もあるんですけど、検査や治療をどう進めていったらいいのかが分からなくて』とつぶやいてみろ」

「内分泌の先生に貧血の話を振ってもいいのでしょうか?」

「少なくともキミの10倍は知識を持っているだろ」

「そうですね」

「でも、彼らはあまり興味がないから『そんなもん、上下内視鏡をやって何も異常がなかったら鉄剤を出しとけ』とか面倒くさそうに答えられるわけよ」

「凄い! 短い上に的をていますね」

「だろ」


 これこそ研修医サバイバル術。

 阿保らしいと思われるかもしれないけど大切な事だ。


 しかし、研修医相手にオレは何をやっているんだろう。


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