第676話 あの頃アホだった男 4

 本稿は既出きしゅつの第274~276および第537話「あの頃アホだった男」シリーズの続きになるが、ストーリーとしては独立している。



 あれは中学1年生だったか2年生だったか。

 美術室に早めに移動したオレたちは、そこに画期的なものを見つけた。

 教室の中央のテーブルの上にラッパと果物が置いてあったのだ。

 おそらく静物画の制作のために準備されていたに違いない。


 しかし、オレたちに大人しく静物画をやらせようと思ったら、もう少しマシなものを準備した方がいい。

 なぜならラッパは吹かれるし、果物は食べられてしまうからだ。

 男子中学生なんぞイヌやサルと何ら変わらない。


「おお? リンゴがあるぞ、取りえず食べてみようぜ」


 そう言って犬山くんがリンゴにかじりついた。

 全部食べてしまわなかったのは多少の理性が残っていたからか。

 のちのアップルのトレードマークみたいなものがテーブルに戻された。


「バナナは皮をいておいた方がいいだろ」


 猿川くんは皮を剥いただけでなく、禁断の中身にも手を出してしまった。

 かくしてバナナの皮だけがテーブルに戻された。


「さすがにラッパを食うわけにもいかんから、吹いてみよう」


 ラッパを手に持って吹き始めたのは猫田くんだ。

 しかし、まともな音にならない。

 鍵盤を叩きさえすれば何らかの音が出るピアノとは大違いだ。


 リンゴやバナナに飽きた犬山くんや猿川くんがラッパに近づいてきた。

 それぞれに吹いてみるが、音が出ない。


 オレたちは「ラッパ、ラッパ」と呼んでいたが、実はトランペットだった。


「丸居、お前も吹いてみろよ」


 そう言われておれはトランペットを手にした。

 試しに吹いてみたが、やはり音がうまく出ない。

 が、すでにオレの頭の中には邪悪な考えが浮かんでいた。


「じゃあ、ちょっとオレの腕前を見せてやるか」


 そう言ってオレは君が代の冒頭を吹いてみた。

 最初は息継ぎが大変だったが、次第にコツが掴めてくる。

 少しずつスムーズに吹けるようになってきた。


 イヌやサルどもは驚愕の表情だ。


「おい丸居。お前はラッパも吹けるのか?」


 いやいやいや。

 エテ公と人間様を一緒にするなよ。

 頭を使え!


 まともに吹いても音が出なさそうだから、オレは喉から音を出していたのだ。

 それらしく指を動かしながらトランペットを口に当てて発声したら、傍目はためにはいかにも吹いているように見える。


 このカラクリに気づかない動物どもは次々にオレにリクエストする。

 もうね、知っている曲だったら何でも吹けちゃうよ。

 調子に乗ったオレは、最後に全く指を動かさずに演奏してやった。


 ことここに至ってようやく皆がオレの策略に気づいた。


「なあんだ、本当に吹いているのかと思った」

「それにしても丸居、お前はやっぱり頭がいいなあ」


 だまされて怒るより、むしろ連中は感心していた。

 オレはいい気分だった、うしろに人の気配を感じるまでは。


「お、お前ら……」


 ふと振り返ったオレたちの目に入ったのは、怒りに震える美術教師の姿だった。


「先生、これはその……違うんです!」


 いくら必死に言い訳しようと、テーブルの上にあるかじりかけのリンゴとバナナの皮を見れば何があったかは一目瞭然だ。


 当然の帰結としてオレたちは1列に並ばされた。


 大柄な美術教師に殴られて次々に倒れていく犬山くんや猿川くんを見ながら「この先生、右利きだったんだ」と間抜まぬけな事を考えていたオレだったが、次の瞬間、頭の中に白い火花が散っていた。


「お前らがな、こういう事をするかもしれんと思ってはずしていたのに」


 美術教師の手にはトランペットのマウスピースがあった。


 この先生もある程度は起こりそうな事を予想していたのだろうが、ちょっとばかり中途半端だったみたいだな。

 どうせならレンガとか岩石とか、食べたり吹いたりできないものを準備しておかないと駄目だろう。


 でも、オレたちの事だ。

 投げたり持ち上げたりして遊ぶことだってあり得る。

 自分でも何をしでかすか分からないのが本当のところだ。


 1つ言えることは、男子中学生というのは限りなくアホだということだろう。

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