第657話 安請け合いする男 4
(前回からの続き)
今、オレの目の前にいるのはあれから10数年後の今、医学生になったミカエルだ。
「お蔭で母はすっかり良くなったんですけどね」
「何かあったのか?」
オレは尋ねた。
「何日か
「ホントか!」
「他の先生が救急車を呼ぼうとしたのですけど、相手にうまく説明できなくて」
「まあ一般人なら
「それで僕が代わりに電話に出たらスムーズに救急指令室に話が通じたんです」
「おっ、思わぬ所であの練習が役立ったわけだな」
「そうなんですよ」
「それで小学校に救急車が来てくれたのか?」
「ええ」
小学校だったら住所を言うまでもない。
固有名詞を出せばそれで救急指令室には伝わる。
だが、問題はその次だ。
「それでどうした?」
「校門の前に走っていって救急車が来るのを待ちました」
「偉い! よくそこまで先読みできたな」
「だって学校のどこに職員室があるか救急隊には分からないでしょ」
ミカエルはそう言って笑った。
「それで救急隊員を職員室まで案内したってわけだな。そこまで気が回るって……お前は本当に凄い奴だな」
オレは心底感心した。
医療職をやっていればこそ次の1手を読むことができるが、素人には難しい。
小学生でありながら、それをやってのけたミカエル。
是非ともオレたちの仲間になってくれ!
……って、もうミカエルは医学生なんだから、あと少しだな。
倒れた先生はしばらくの入院の後に無事に職場復帰したそうだ。
この1件以来、ミカエルは英雄になってしまった。
ただの小学生に大勢の先生たちが感謝してくれる。
もう誰もミカエルをいじめたりしなくなった。
「丸居先生だから打ち明けますけど、あの時の
「よく分かるよ、それは」
まるで全世界が自分の足元にひれ
「別に僕が治療したわけじゃなくて、本当に偉いのは病院の先生方なんですけどね」
「それもよく分かるよ」
どこまでも冷静な奴だ。
もっとも、ここを勘違いしてしまうような人間は見込みがないんだけど。
その事件の後、ミカエルは猛勉強を続けて医学部に入ったのだそうだ。
元々頭の良い子ではあったけど、それでも並大抵の努力ではなかったはず。
「ところでお母さんは元気にしておられるのか?」
「ええ、僕が大学に入った後、フランスに帰って再婚しました」
「おっ……と、再婚しましたか」
彼女を幸せにしてやろうという運命の男が現れたってことだ。
とりあえず「おめでとう」と言わせてもらおうじゃないか。
「でもね、母はいつも先生の事を言っていましたよ。『ミカエル、お前も丸居先生のような立派なお医者さんになるのよ』って」
「そうか、ありがとう」
「時々、『あの先生は独身なのかなあ』とも」
「もういいよ、ミカエル」
大人になったもんだ、あの小学生が。
「卒業したら是非こちらの病院で研修をさせて下さい」と言ってミカエルはオレの前から去って行った。
その後ろ姿を見ながらオレは思った。
やっぱり白衣ってのはフランス人が着るとサマになるなあ、と。
ミカエル、お前が来てくれるのを待ってるぞ。
オレと一緒に病気と戦おうぜ!
(「安請け合いする男」シリーズ 完)
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