第617話 発作の出る男 4

(前回からの続き)


 急性心筋梗塞きゅうせいしんきんこうそくという最悪の事態をまぬかれた伯父ではあるが、相変わらず毎夜の喘息発作には悩まされていた。

 発作が起こると手が冷えて、酸素飽和度が下がる。

 メプチンを使ってもスッキリ効くわけではない。

 下手したら座ったまま明け方まで眠れないのだ。


 予約していた3D-CTACT冠動脈造影の日はどんどん近づいてくる。

 造影剤を使う事になるので、検査中に喘息発作が起こったら大変だ。

 妻には、くれぐれも検査に付き添ってくれ、とプレッシャーをかけられている。

 もちろん、横にいるだけでは駄目で、もし重積発作が起こっても救命しろ、という意味だ。


「いや、喘息発作ってのは気管支レベルの話なんで、気管挿管しても無力だから」


 元麻酔科のオレに、妻はいざという時の気管挿管を期待するが、閉塞部位が違うので理論上は効かない。

 無理に挿管して力づくで換気するというやり方も考えられなくはないけど……


「それよりも、実際に喘息発作が頻発しているんだから、造影剤を使う検査は避けておいた方が無難じゃないかな?」 


 オレがそういうと妻はホッとしたという表情で賛同する。


「喘息発作が落ち着くまで造影検査は先延ばしにした方がいいんじゃないか、と私も思っていたのよ。最近はベニヤ板を入れられるような胸痛は起こっていないみたいだし。だからあわてて冠動脈かんどうみゃくの評価をする必要はないと思うの」


 ということで、循環器内科の準田缶治じゅんだ かんじ先生には事情を説明して3D-CTACT冠動脈造影を一旦中止にしてもらった。


 それにしても伯父は調子が悪い。

 相変わらず食欲はないし、起きたときに布団を上げることもできない。

 周囲の言うことに全く耳を貸さない頑固親父っぷりはどこに行ってしまったのか。

 人間、80代も後半になるといきなりんでしまうのかもしれない。


 伯父は見る影もなく憔悴しょうすいしてしまっている。

 死を目前にして素直な老人になってしまったわけだが、それも悪くない。


 そう勝手に悟っていたら妻に声をかけられた。

 彼女は元々肝臓が専門なので、畑違いの喘息や狭心症については色々なガイドラインを読みながら勉強し直している。


「私たち、大変な思い違いをしていたんじゃないかな。ひょっとして伯父さんの病気って……」


 その次の台詞せりふは、オレの想像していなかったものだった。


(次回に続く)







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