第463話 イライラする男

「イライラしすぎて死にそうや」という男が救急外来に搬入された。

 まさかの救急車を使っての御来院。


 男の言い分はこうだ。

  腹が立って腹が立って仕方ない。

  この病気は死亡率60%らしい。

  何とかしてくれ。


 話を聞くと、これはファッピョンかもしれない、と思えてきた。

 漢字では「火病」と書く。


 脳外科外来に通院している韓国人のパク・ジョンスクさんから聞いた。

 彼女によれば韓国には本当にそういう病気があるそうだ。

 あまりにも腹が立つと眩暈めまいがしたり胸が苦しくなったりするばかりか死んでしまう事もあるらしい。

 救急外来の男もそういう病気ではなかろうか。


 ちなみにパクさんは未破裂脳動脈瘤があるということで、オレの外来にやってきた。

 10数年前の事になる。


 彼女は韓国で辛い目にあって日本に渡ってきたそうだ。


「日本でも悪い男にだまされたばかりか、こんな病気になってしまって」


 そう言って彼女は診察室でさめざめと泣いた。


「日本の男は悪い奴ばかりじゃない。オレがちゃんと治してやる!」


 オレはついそう言ってしまった。


 幸いクリッピング手術は上手くいき、以来、彼女は年1回か2回ほどオレの外来にやってくるようになった。


 パクさんは日本では生活保護を受給している。

 なぜか韓国には所有しているマンションがあるそうだ。

 でも、貸していた相手が勝手に第三者に売ってしまった。


「韓国……怖いわ」


 そう言ってまた泣いていたが、何が正義なのか、もうオレの理解を超えていた。



 話を戻そう。

 火病ファッピョン疑いの男。

 オレは精神科受診を勧めて、とりあえず鎮静剤を頓用で処方した。


 イライラしすぎて死ぬというのが本当にあるのか、医師としては実際に見たい気もする。


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