第461話 見つかった男

 オレが医学生だった頃だからウン十年前の事。

 法医学の実習があった。

 孤独死や殺人事件の遺体を調べて事件性の有無や死因を特定する。

 そういった検死が法医学の役割の1つだ。


 大学の運転手付き公用車に乗って遺体発見現場に向かう。

 メンバーは助教授とオレたち医学生2人だ。


 ところが午前中には飛び降り自殺の女子高生が1人だけ。

 どんな大変な遺体を見ることができるのかと期待していたのに。

 だから、午後も実習の続きをお願いした。


 するとどんどん警察から電話が入るようになった。


「君たちの熱意が引き寄せたのかなあ」


 まずは高齢女性の縊頚いっけいだ。

 ドアノブに紐をかけて首を吊っている。

 同居していた家族は文字通り腰を抜かしていた。


 次は病院に搬入された乳児の遺体。

 前胸部の皮膚に直流除細動カウンターショックをしたあとが赤く残っていた。


乳児突然死症候群  シズ  かな。解剖しよう」


 警察関係者らしい人が遺体を抱いて部屋から出て行った。


 そしてアパートの1室での首吊り。

 トイレが共同で廊下の左右に1室ずつあるタイプのアパートだ。

 別の部屋からは麻雀の音が聞こえてくる。

 遺体は天井からぶら下がっていたそうだ。

 何日も経っているのかうじがたかっている。


「蛆は1日に1ミリずつ大きくなるんで、死亡日時を推定するのに役立つんだ」


 助教授は平気な顔でそうつぶやく。

 この時点でオレの進路の候補から法医学が消えた。


 極めつけは死後推定1ヶ月で発見されたという遺体だ。


「何も今日みつからなくてもいいじゃないか!」


 思わずそう言ったのは助教授。


「明日だったらどうなっていたのですか?」


 オレたちの問いに助教授は答える。


「〇〇医大が担当だったんだけど」

「そうなんですか」

「それにしてもなあ、勘弁して欲しいよ」


 警察からの連絡でオレたちが向かったのは、とある高層マンションの1室だ。

 トイレから出て来たところで中年男性が倒れていた。

 何故なぜトイレから出て来たと分かるかというと、トイレのドアは開きっぱなし、男のズボンも下着も下げっぱなしだったからだ。


 凄まじい悪臭だったけどすぐに鼻が慣れた。


 事件性はなさそうだ。

 おおかた心筋梗塞か、くも膜下出血による突然死だろう。

 ひょっとすると大動脈解離かもしれない。

 とにかく大学に運んで解剖をすることになった。


 3人でマンションを出て公用車に戻った。

 運転手が顔をしかめる。


「ひどい臭いですねえ。こりゃあ電車で帰るわけにいきませんな」


 自分では気づかなかったが、知らない間にワイシャツが臭気しゅうきを吸っていたのだろう。


 大学に戻ると乳児と中年男性の解剖を立て続けに行う。


 いつもは孤独に解剖をするのであろう助教授は、オレたちが見学しているので少し嬉しそうだった。


 それにしても人間、誰しもざまは自分で選べないもんだ。

 自殺したにしても発見されるのは何時いつの事か。


 今にしてそう思う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る