第414話 村上春樹を読む男

昨日は村上春樹に言及した。

ついでに「女のいない男たち」を読んでみた。


タイトルから想像する内容はこんな感じだろうか。

「彼女いない歴=年齢」という非モテ男の集団。

そいつらの心がだんだんすさんでいく。


そう思っていたら、実際は違った。

モトカノが自殺した事をその夫から知らされた主人公の話だ。

妻を失った夫も、モトカノを失った主人公も、両方とも村上春樹によって「女のいない男たち」に分類される。


そうであれば「女を失った男たち」という方が正確かもしれない。

とにかく非モテ男たちとは雲泥の差がある。


そもそも村上春樹の小説にはやたらモトカノが出てくる。


で、この小説を読んでいてオレも自分の高校時代を思い出した。

マエカノでもモトカノでもない、ノンカノの話だ。

そんな言葉があるのか、知らないけど。


公立高校に通学していたオレは共学というメリットを何一つ生かせなかった。

見せつけられるだけに男子校より余計にきつかった気もする。


そんな高校3年生の時。

突然、前の席に座っていた女の子に話しかけられた。

名前を仮に戸津善子とつよしこさん、としておこう。


偶然にも彼女とは1年生から3年生まで同じクラスだった。

だから、彼女はなかなか美人だったけれども、話しかけられても全くドキドキしない。

そんな数少ない女の子だった。


さて、前の席から振り返った彼女の発言はこうだ。


「この物理の問題が分からないから教えてくれる? 私にも分かるように紙に書いてきてくれると嬉しいんだけど」


実際のところ、難問だったので、オレは苦戦した。

でも苦労して問題を解いて、分かり易い図を入れて何とか解答を作成する。

それを戸津さんに渡したら、彼女は大層喜んでくれた。



それからウン十年。


ある日、戸津さんから突然のメールが来た。


メールの内容は「久しぶりのクラス会で高校時代のモトカレに会ったら私たちの事を疑っているみたい。私たち、何かあったかな?」というもの。


そんなもん、人に訊かなくても当事者なんだから自分で分かるでしょう!


「私が何かプレゼントのような物を渡して2人でニコニコとしゃべっていたって。憶えてる?」


何でもモトカレは映像記憶能力があるらしく、鮮明に憶えていて今でもヤキモチを焼いているのだそうだ。

だから、戸津さんが忘れてしまっている事を教えてやった。


「オレは映像記憶能力はないけど、普通に憶えているよ。確か物理の問題の解き方を教えてあげたら随分喜んでプレゼントをくれたわけ」

「そんな事があったの! それで私があげたプレゼントの中身は何だったの?」

「幸運の壺だったかな」

「はあ? 何それ!」

「キーホルダーになっていたような気がする」


でも、壺はオレたちに幸運をもたらしてはくれなかった。

戸津さんもオレも大学受験に失敗してしまったからだ。

浪人になった彼女が何処どこで何をしていたのか、オレは全く知らない。


今では2人目の亭主との間に女の子がいる。


それはそうとして。

あの教室の中に戸津さんの彼氏がいたとは驚いた。

しかもじっとオレたちを観察していたわけだ。


そんなヤキモチを焼かれるほど楽しい高校生活をオレは送っていない。

今度会う機会があったら誤解を解いておくか。



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