第367話 「なろう」に投稿する男

 その患者は3ヶ月毎にオレに外来に通院していた。

 若い男性だ。


「どう、最近は?」

「いいですね。体調も良くなってきたんで投稿サイトに小説を書いているんですよ」


 小説って、まさかカクヨムに書いているとか。


「へえ、凄いなあ。どこに投稿しているの?」

「『小説になろう』ってサイトなんですけど」

「いわゆる『なろう』ってやつだな」

「先生、御存知なんですか!」


 知っているも何も、「なろう」にはオレだっていくつか投稿した。

 今では何となく居心地のいいカクヨムが主戦場になっているけど。


「どんなジャンルで書いてわけ?」

「ローファンタジーですね」


 ハイファンタジーってのは聞いたことがあるけどローファンタジーは初耳だ。

 その違いを尋ねてみると……


「ハイファンタジーというのは異世界とか魔法とか魔物とか、とにかく現実と大きく違った物語ですね」

「なるほど。するとローファンタジーってのは身の回りの事から始まるとか?」

「そうですね」

「でも、身の回りの現実とファンタジーとはそもそも両立しないのでは?」

「いや、学園超能力ものなんかはローファンタジーです」


 なるほど。

 あの一世を風靡した「涼宮ハルヒの憂鬱」なんかはその代表かもしれない。


「実は私も投稿しているんですよ、カクヨムに」とは言えなかった。


 創作とはいえ、オレは現実に起こったことを土台にしている。

 結構な毒を注入しているし、この青年も登場していたような気がする。


 彼が読んだら気を悪くするかもしれない。

 とりあえずここは黙っておこう。


「それで、これまで書いたのは何万字くらい?」

「たぶん……13万字くらいですかね」

「もう文庫本1冊分を超えているじゃん。メジャーデビューを目指しているとか?」

「いや、そういうのじゃなくて、読んでくれる人がいたら嬉しいなと思って」

「なるほど。結構読んでくれる人がいるってわけね」

「えっと、読者数は500人くらいで、PVは5,000くらいです」

「凄いよ、それ!」

「いや、それほどでもないですよ」


 そもそも専門用語がこんなにスラスラと通じるのも不自然ではある。

 でも、青年は全く気づいていないようだ。


 それにしても、投稿サイトに書いている人というのも、初めてリアルで見た。


 次回の診察の時に「実は私も投稿サイトに……」とカミングアウトしてみようか。

 きっと驚かれるだろうな。


 数少ないオレの盟友には違いないし。

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