第355話 顔の分からない男 1
先日、脳外科外来に若者がやってきた。
付き添いの男性に関係を訊くと「
「私、田中太郎さんって人、3人知っているんですよ」
「ああ、ありふれた名前ですからね」
オレは付き添いの人も必ず氏名をきいて、カルテに書く事にしている。
特別な意図はない。
後で読んだ時に、状況を思い出しやすいんじゃないかと思うからだ。
1人は、先日、認知症の高齢者に付き添いで来たヘルパーだ。
認知症だと単独で病院に来るのは難しい。
だから誰かがついてくる。
もう1人の田中太郎氏は高等検察庁から文書照会があった。
オレは外来で2~3回診察しただけだが全力で書いた。
うっかり返事が遅れたらオレまで収監されるかもしれない。
この人は
病気をキチンと治してから刑務所に来いと言われたとのこと。
結局、継父、ヘルパー、収監予定者の3人の田中太郎氏がいるわけだ。
ありふれた名前だとはいえ、短期間に同姓同名の3人にかかわるとは。
偶然ってのはあるもんだ。
そう感慨に
「この前、
れれ?
この人が認知症の高齢患者に付き添ってきたヘルパーだったのか。
そうすると継父とヘルパーは同一人物ってことになる。
「私自身も先生にかかっていますけど」
ええっ!
「もしかして検察庁に、病気を治してから来い、と言われていましたか」
「そうです」
もうすぐ収監される人間とは思えない明るい表情で言われた。
なんと、オレの知っている3人の田中太郎氏は同一人物だった。
でも、なんでそんな事が分からなかったのか。
実はオレは人の顔を
そもそも人間は全員、眼と耳が2つ、鼻と口が1つだ。
これをどうやって区別しろというのか?
最近はコロナで皆がマスクをつけているので余計に分からない。
で、オレは自分なりに対策を立てている。
誰にでも同じように丁寧に接すること。
そうすればたとえ
あと、困ったことがあるとすれば、幽霊に遭遇しやすい事だ。
世界中の顔がオレの脳のフィルターで10種類ぐらいになってしまう。
だから、こないだ死亡確認した患者に道でばったり、ということがある。
もちろん、本物の幽霊ではないのでオレの顔を見ても無関心なままだ。
人の顔が分からないのに
これからもなんとか毎日を乗り切るしかない。
次回は人の顔が分からなくて失敗した体験を紹介する。
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