第312話 コロナを恐れすぎる女

2020年の最初の頃、コロナが流行はやり始めた頃だ。

専門家たちがしきりに言っていた。


「皆さん、正しくコロナを恐れましょう」


言いたい事は何となく分かるが、説明するのは難しい。

要するに甘く見ず恐れ過ぎず適度に注意しろ、ということだと思う。



あれから大方3年、コロナ第8波は大変な事になっている。

発熱外来も入院診療も崩壊寸前だ。


が、ちまたの人々はのんびりしている。

それはもう歯がゆいぐらいだ。

マスクをしていない人たちも散見される。


確かに諸外国ではもうマスクをしていない所も多い。

が、それは道路に死体が積みあがったなどの地獄を経た後の事。

集団免疫が獲得されて、今は「戦後」ってわけ。


日本はまだ「戦時中」だ。


だから、本当の事を言うとオレは繁華街の居酒屋に乗り込みたい。

そして酒をくらって盛り上がっている連中に言いはなつ。


「もう今日は営業終了だ。全員帰れ」

「は? なに言ってんの」

「ここは換気が悪いから扉も窓も全開にするぞ」

「おいやめろよ。真冬だぞ、寒いじゃないか」

「うるせえ。酒も料理も全部ゴミ箱行きだ」

「何するんだ。まだ途中じゃないか」

「黙れ! 死にたいか?」


こんな風に言えばさぞかし気持ちが……

たぶんあまり良くないだろう。

人混みの中には長居ながいしたくないし。


とにかく外で酒を飲んでいる連中はコロナを甘く見過ぎている。



一方で、心配し過ぎの人も多い。


先日、患者の娘から病院に電話がかかってきた。

自宅で介護している患者が濃厚接触者になってしまったのだとか。


門外不出の患者が濃厚接触者に?


よくよく確認してみると、こんな事だった。


あるヘルパーのコロナ感染が発覚した。

で、そのヘルパーが介助していた障害者を介助していた別のヘルパーが当該患者の介助をしたのだとか?

ちょっと聞くと何のことやら分からない。


が、要するにコロナ患者(感染が発覚したヘルパー)の濃厚接触者(障害者)の濃厚接触者(別のヘルパー)の濃厚接触者( 自宅で介護している患者)だって事だ。


医学的には「濃厚接触者」はリスク有りだが、「濃厚接触者の濃厚接触者」はリスク無しとみなす。

ましてや「濃厚接触者の濃厚接触者の濃厚接触者」なんか、ただの人だ。


言葉を変えて何度も説明してようやく理解してもらえた……のだろうか。

もしかすると「この医者には何を言ってもダメだ」と思われたのかも。


オレに言わせれば「太陽は西から昇ったりしない」という事を説明するみたいなもんだ。

どうしてこんなに時間と手間をかけないといけないのか?

30分はかかっているに違いない。


その時、別の電話が鳴った。


「えっ、何? 急変か、すぐ行く!」


もう一方の電話にも聞こえるように怒鳴ってから切った。


電話をかけてきた文書係も仰天したことだろう。

後で事情を話して謝っておくか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る