第309話 部屋代を交渉する女

今年の年末年始の休日は6日間。

医療機関は休みだが病気に休みはない。

ウチには毎日60人の救急患者がやって来た。


一旦、当直部に入院した患者は適宜、各診療科に割り付ける。

今年はひとまず12月31日の朝に割り付けた。


しかし、その日から1月3日まで新たに当直部に入院患者が増えていく。

結局、1月4日の朝に30人近くを各診療科に割り付けなくてはならない。


というわけで、前日に出勤してざっとカルテを点検した。



最近の電子カルテは入力しやすいのか、何でも書いている。


中には興味深いやり取りもあった。


ある一見いちげんさん、時間外に強引にやって来た。

さらに、入院させてくれ、と言う。

どこまでも強引な人だ。


帰宅させて何かあっても嫌なので、担当医は入院加療と判断した。


が、この患者はさらに自己主張する。

コロナが怖いから個室に入院させてくれ、とのこと。


幸い、個室が空いていたので、どうぞ……とはならなかった。

1日3,000円までしか支払えないのだそうだ。


そもそもウチの個室は最低が1万円だ。

職員のオレですら入院時には毎日1万円以上を支払っていた。


くだんの患者には「じゃあ他の医療機関へどうぞ」と、お引き取りを願った。

でも「他の病院は信用できない」の1点張り。


こういう人は貧乏で支払いができないのではない。

医療費の優先順位が低いのだ。

オレなら医療費が最優先なんだけど。



結局、手に負えなくなった担当医は当直師長に連絡した。


さすがに当直師長は海千山千だった。

最終的に1日12,000円の個室で交渉が成立したみたいだ。

もちろん室料の減免措置などはない。



その一連の経過がカルテに書いてある。

読む方は笑えるけど、書いた人は大真面目なんだろうな。

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