第281話 自分の小説を勧める男
「『私を含めて家族全員、学校の成績はパッとしません』と前回はおっしゃっていますね」
「えっ、先生はそんな事まで書いているんですか!」
「もちろんですよ。書いてなかったら忘れてしまうし」
オレが脳外科外来の診察室で話していた相手は高校生の娘に付き添って来た母親だ。
前回の初診の時にカルテに書いた母親とのやり取りを読み上げると
高校生の娘はてんかん疑いで近所のクリニックから紹介された。
実際には片頭痛の前兆である
で、「片頭痛の子は頭がいい」という都市伝説を伝えたところ、「私を含めて……」という母親の発言があったのだ。
高校生といえば大学受験が控えている。
だからオレは受験勉強の大切さを患者に
「いいか、努力に正比例して結果がついてくるなんてのは大学受験くらいまでだ。大人になったらコネとかカネとか色々と別な要素が入り込んでくる。だから高校生の間に努力することが大切だぞ」
「
「漫画の『ドラゴン
熱く語ってしまったが、東大を出ているわけでもないオレが「東大に入るのが1番の近道なんだ」などと言っても説得力がない。
幸い、その矛盾に親子は気づいていない。
指摘されるまでは知らんふりしておこう。
「メジャーリーガーの大谷や将棋の藤井みたいにやるべき事が決まっていれば別に勉強なんかする必要はない。でも人生の目標が決まっていないのならとりあえず受験勉強しておけ」
そう言うと母親が付け加えた。
「やりたい事があっても、並行して勉強したらいいじゃないの。やりたい事で成功できるとは限らないし」
そりゃそうだ。
実感としてよく分かる。
オレも小説家になりたいと思って書いているが、並行して医者もしている。
小説家として成功できるか否かは
というわけで、診察室で女子高生に努力の大切さを熱く語った。
でも小説家を目指していることについては秘密にしている。
夢を語って少女をたぶらかす男みたいに思われたら
しかし、親子が帰ってから気がついた。
「診察室のトホホホホ」は、まさしく高校生向きじゃないかってことに。
読んだら医学部を受けたくなった、という若者が現れるかもしれない。
次に中学生や高校生が来たら、オレの小説を勧めてみよう。
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