第275話 あの頃アホだった男 2

「あの頃ぼくらはアホでした」その2、それは高校の時の話だ。


卓球バカ一代いちだいのオレは高校でも卓球部に入っていた。

トレーニングでは隣の駅まで往復ランニングをする。

今、グーグルマップで測定すると往復で4キロちょっとだ。


時に思いつきで隣の隣の駅まで往復ランニングをする事もあった。

当然、片道だけでヘトヘトになるので、帰りは走るのをあきらめる。

歩いて高校に戻ることに反対する者は誰もいなかった。



事件はそんな帰り道で起こった。


15~6人の列の真ん中付近を歩いていたオレになぜか筆入ふでいれが手渡される。

先頭を歩いていた奴が道に落ちていたものを拾ったのだ。

ジッパーを開けてみると、鉛筆やら消しゴムやらボールペンやらが入っている。

なんのことはない、普通の筆入れだ。


そのまま筆入れは手渡されていき、最後尾の奴が地面に捨てた。

道にゴミを捨てるのは良くないが、元に戻したといえなくもない。


歩きながらオレたちの他愛もない会話が始まった。


「誰かが落としたんだろうな」

「この辺だから〇大生かなあ」


筆入れの質素さから、私立大学よりも地元の国立大学じゃないか、と皆が推測した。


「きっと苦学生じゃないか。お父さんが死んでお母さんが一生懸命働いてさ」

「そうそう、合格のお祝いにお母さんがプレゼントしてくれた筆入れだったりして」

「やめろよ、そんな話。リアルすぎるだろ」


歩きながら1人が振り返った。


「おい、大学生らしいのが筆入れを拾ったぞ」

「ええっ、ホントか?」

「ああ、うらめしそうな顔してこっちを見ているよ」

「ウソだろ」


そう言いながらオレたちは徐々に歩くスピードががってきた。


「お母さんの買ってくれた大事な筆入れだぞ。どうすんの?」

「そんなの落とす奴が悪いんじゃないか」

「きっとお母さんは今も一生懸命働いているんだろうな」

「ごめん、悪かった。もうやめてくれよ」


全員の歩くスピードがどんどん上がって来る。


ついにビルのかどを曲がって大学生から見えない死角に入る。

その瞬間、全員が走りだした。


なんで走るわけ?

そろいもそろって!


「あの頃ぼくらはアホでした」以外の言葉が見つからない。

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