第253話 2つの診察室を使う男

脳外科外来で高齢男性の診察を終えた。

90日分の薬を処方して次回は3ヶ月後、ということになった。


患者はスマホを取り出してカレンダーアプリで入力をはじめる。

待っている30秒ほどの間、オレは次の患者のカルテを開けて待っていた。


2分経ち、3分経つ。

まだスマホ相手に格闘している。


老川おいかわさん、いつまでやっているんですか?」


いい加減にしびれを切らせたオレは声をかけた。


「年を取るとな、こういうことができへんのや」


いや、年を取ってできなくなるのは他人様ひとさまへの配慮でしょ。

そう言いたくなったが、我慢した。


ほかの患者さんを待たせてしまうんで……」


ちょっと遠回しに言ってみる。


「最近、目が見えにくくなってな」

「なるほど、それは大変ですね」

「指も震えるんやけど、脳が原因やろか?」


駄目だ、こりゃ。

せっかく終わった診察が振り出しに戻ってしまう。


「長いことMRIも見てもらってないし、また撮ってもらわれへん?」

「じゃあ、次回に手配しましょうね。今日は時間がないですから」

「いや、ワシは大丈夫や。時間はある」


もう無限の泥沼だ!



そもそも、こういう事を防ぐにはどうしたらいいのか?


次回の外来日時を決めたら、それをメモに書いて渡す。

そして「待合スペースでゆっくり入力しましょうね」とドアから押し出すのがいいのか。


それとも次回の外来予約時刻を最後にしておく。

12時とか12時半とか。

次回予約日時を決めたら「どうぞごゆっくり入力して下さい」と言って自分の方が席を立つのがいいのか。


最後の診察だったら待っている人もいないわけだし、誰にも気兼ねする必要はない。



そういえば第148話に登場した同級生の樺島かばしまなんか、1人で2つの診察室を使っている。

自分が2つの診察室を行ったり来たりしながら効率的に患者をさばくためだろうな。


今になって彼の意図が分かった、情けない。


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