第222話 サックスを吹きながら踊る男

 世間様に意外に思われる事の1つ。

 実は、大きな学会では有名人が呼ばれる。

 特別講演の講師として色々な話をしてもらうのだ。


 これまで登山家、作家、料理評論家など、色々な人が登壇した。

 今年の学会は俳優兼サックス奏者の男性だった。


 右手に杖をついての登場だ。

 なんでも2ヶ月ほど前に右足の踵を骨折したとのこと。


 最初の30分ほどは女性司会者とのトークであった。


 スマホで見せる折れた骨のレントゲン写真。

 健康を害して仕事ができなくなり腐っていた若い頃。

 筋トレに目覚めたキッカケ。


 有名俳優でも心の中の葛藤はオレたち一般人と変わらない。

 座右ざゆうめいは「イヤな仕事も楽しくやるぞ」なのだとか。


 後半はライブでのサックス演奏だ。

 自身が主演した映画のテーマ曲やバラードを吹く。

 物足りなかったのか、観客も参加して踊ろう、ということになった。


「みんなでやるとね、これが面白いんですよ!」


 ソララー、ソララー、ソラッドシーラー♪ 「ヒューッ!」


 サックスで吹く単純なメロディーに単純なフリ。

 そして無意味な掛け声。


 でも、やってみると意外に面白い。


 学会長も壇の上に上がって踊る。

 後ろの方の席にいたオレからみると壮観だ。

 数百人の人の波がリズミカルにうねっている。


「次はスクワット!」


 ソララー、ソララー、ソラッドシーラー♪


 サックスを吹きながらスクワットを始める。

 ちょっとちょっと、足を骨折しているんでしょ!


 持ってきた杖なんかどっかに吹っ飛んでいる。

 もう無茶苦茶だ。


「どうもありがとうございましたーっ!」


 なんだ、もう終わっちゃうの、もっとやろうよ。

 そんな気分にさせられた。


 やはり芸能人というのは凄い。

 あっという間に会場の数百人が一体化した。


 たいしたもんだ!

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