第216話 薬物反応を確認する男

医師はしばしば警察とかかわる。


もちろん協力者の立場が大部分だ。

が、時に自らが被疑者になることもある。

後者についてはいつか別の機会に語りたい。


今回は協力者としてかかわった話だ。


ある日、意識障害の若い男性が救急車で搬入された。

続いてパトカーもやってくる。

ということはワケアリってことだ。


何人かのスタッフが患者の診察にかかった。

一方、オレは救急外来の外で警察に対応する。


警察によれば、患者は違法薬物使用の被疑者なのだそうだ。

張り込んでいた刑事の目の前で薬物を使用した。

が、そのまま眠ってしまったらしい。

違法薬物にも色々あるが、覚醒系ではなく鎮静系ということになる。


「つまり尿検査で薬物反応が出るか否かが問題ってことですね」

「そうなんですよ。検査の方、お願いできますか?」

「どっちみち意識障害の診断に必要ですから。確認しておきましょう」

「お願いします!」


ということで、救急外来に戻ったオレはトライエージの結果を確認した。


大麻だったかモルヒネだったか、見事に陽性に出ている。

それだけ確認して警察対応に戻った。


「至急で令状の手配中なんですが、検査結果はどうでしたか?」


ここで、軽々しく「陽性に出ましたよ」などと言うのは法律上ちょっと微妙だ。

というのは、違法行為であっても医師には守秘義務があるからだ。


もっとも最近は守秘義務より公益が優先されるという判例が散見される。

まあ、どんな事でも言動は慎重にしておこう。


「検査結果については正式な形で問い合わせて頂けませんでしょうか」


そう告げると担当の刑事はガッカリした表情をみせた。


「まあ、皆さんの労力はむくわれると思いますよ」

「おおーっ! それだけ聞かせてもらったら十分です」



30分ほどすると患者は徐々に覚醒かくせいしてきた。

とはいえ、見知らぬ病院の救急外来でのこと。

「ここは何処どこ、私は誰?」といった状態だ。


意外なことに被疑者の目が覚めたらすぐに逮捕というのでもなかった。


排尿したいという男性に看護師がトイレまで付き添う。

複数の刑事が目立たない形ですべての出入り口を固めた上での話だ。

トイレの窓の外にも1人立つ。


その後、フラフラしている男性を病院の会計に案内した。

刑事たちは、それぞれ距離をとって前後左右を歩く。

男性が会計を済ませると、担当刑事がそっと近寄り、話しかけた。


すでに逮捕令状はあるので強硬な手段に出ることも可能なのだろう。

しかし、おだやかな形で警察に連れて行くに越した事はない。


これが犯人確保のリアルってことか。

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