第180話 幽霊に冷たく接する男

オレたちの仕事の1つにお見送りというものがある。

亡くなった患者を乗せた寝台車を見送るのだ。


人が一人亡ひとりなくなると色々な手続きがある。


患者の死亡確認。

死亡診断書の作成。

霊安室への移動。


そして葬儀会社の寝台車がやってきて皆でお見送りをする。


これには、ちょっとばかりしきたりがある。


まずストレッチャーで移動するとき。

生きている人は足が先、亡くなった人は頭が先。


また、お見送りをするための経路と持ち場に帰る経路は別にする。

同じ経路を使うと、いて来られるから、と言われる。


が、オレたちは忙しい。


だから、ちょっとばかり幽霊が憑いてきてもお相手はできない。

それに本物とニセモノの区別が難しい。


患者からの「見た」とか「出た」とかいう申告の大部分は譫妄せんもうという名の幻覚だ。

高齢者が慣れない環境で夜を過ごすと半数以上に起こる。


ある患者は自宅にいると勘違いして訪室したスタッフを泥棒と思い込む。

別の患者には亡くなったはずの身内がたずねてくる。

なかには部屋中の天井や壁におきょううつし出されたという者もいた。


だから、本物の幽霊が出ても数多くの譫妄に埋没まいぼつしてしまう。


「う~ら~め~し~や~」

「はいはい、今は忙しいからね。後にしてくれないかな」

「私、本物の幽霊なんですけど!」

「毎晩何人も出てきて、皆さん本物だって言うんだよね」


そんな感じになってしまう。



そういえば死亡確認も最近は変わってきた。


家族全員がそろってから患者の心臓が止まって死亡確認、皆がワッと泣き出す。

もちろん、そういう形が王道だ。


しかしタイミングがあわないことがある。

心電図モニターが「ピーーッ」といってフラットになっても油断はならない。

10秒くらいしてから「ピッピッピッピッ」とまた心臓が動き出したりするからだ。

そうすると、家族の方もどういうタイミングで泣き出したものか、いかにもが悪くなってしまう。


だから完全に心臓が止まってから家族が到着し、その後に死亡確認するのが安心だ。

そうすると形式上は「残念ながら間に合いませんでした」という事もない。


今まで何百人も死亡確認してきたけど、こちらの方がスムーズだとオレは思う。

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