第173話 マシンガントークの女

高齢男性に同伴してきた娘の主訴は「入院させてくれ」だった。


最近、食欲はないし、なんだか弱ってきている。

だから入院で検査して悪いところがあったら治してほしい。

そういう事のようだ。


が、オレの結論は決まっている。

それは無理だ、というもの。


コロナ対応でそれどころではない。

多くのスタッフがコロナ感染で休んでいる。

そして満床だ。


病院の状況は最悪だから対応できない。


一方、患者側も大変な病状だ。

男性の平均寿命どころか女性のそれすら遥かに超えている。

そもそも、悪いところがあったら治す……という考え方がおかしい。


脳も心臓も腎臓も肝臓も栄養も何もかも悪い。

車でいえばエンジンもサスペンションもタイヤも、すべて壊れかかっている。

人間が車と違うところはパーツの交換ができないことだ。


だから、簡単にいえば打つ手がない。

何かするとすれば、現実的な目標を立てることだろう。


食欲がないことが問題ではない。

食べないことによって、どのような不具合が起こっているのか。

そいつが問題だ。


その不具合が治れば、食欲の有無は問題ではない。

このようなオレの考え方を理解してもらえるのだろうか。



しかし、病院の状況や患者の状況以外にもっと深い問題がある。

50代とも60代ともとれる娘のマシンガントークだ。


こちらに口を挟ませずに一方的にしゃべっている。

まずは紹介元の悪口、かかりつけ医の悪口。

そもそも「町医者」などという言い方をオレは好まない。


〇〇医院の〇〇先生、××クリニックの××先生。

皆、名前があるのだから固有名詞で呼ぶべきだ。


また、悪口には有用な情報がほとんどない。

単なる時間の無駄だ。


妹がどういう病気になっているのか。

何故ここの病院はこんなに混雑しているのか。

とかく話が脱線しがちになる。


言いたいことが沢山あるという事情は良く理解できる。


しかしオレはカウンセラーではない。

トイレに行くのも我慢して診療しているわけ。


他の医療機関の悪口とか、身内の病気のこととか。

そういうのは近所のおばちゃん同士でやってくれ。


結局、20分間しゃべり続ける中で有用な情報が2分間くらいだった。

そりゃダメだ。

だからこの娘と一緒に病気と戦うことはできない。

少なくともオレには無理だ。


「本当に危険なのは、狡猾な敵より愚鈍な味方だ」


そう言ったのはナポレオン・ボナパルトだったかな。

全くその通りだと思う。

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