第170話 鼻の奥に綿棒を突っ込む男

休みの日に突然、スマホが鳴った。

脳外科のレジデントからだ。


なんと脳外科病棟でクラスターが発生したとか。


「脳外科の人間は全員が就業前検査をしないといけないらしいんですよ」

「おいおい」

「月曜日の朝7時半に救急外来の外に集合するようにって言われました」

「ちょっと待ってくれよ。オレなんか1ヶ月くらい病棟には行ってないぞ」

「それもどうかと思いますけどね。とにかく検査して、それからの事らしいです」


というわけで、月曜の朝7時過ぎに救急外来に行った。

といっても検査で陰性が証明されるまでは建物の中に入るわけにはいかない。


外からコロナ専用インターホンを押すと中からERナースが出て来た。

手に綿棒を持っている。


「これに検体を採取してフタしてビニール袋に入れてください」

「自分で採るわけ」

「そうです。鼻咽頭なので痛いけど頑張って下さいね」


確かに、他人様に迷惑をかけないという観点からは自分で検体を採るのが1番だ。

それにしても綿棒を鼻の奥に自分で突っ込むってのは結構きつい。


とはいえ、大量の仕事が待っている事を考えると、きついなどと言ってられない。

綿棒を鼻の奥の奥まで突っ込んで検体を採った。


結果が出るまで約1時間。

自分の部屋で待つことにする。


本当は建物の外で待つのが理想だけど、居場所がない。

なあに、建物の中にいても人に目撃されなければいいわけだ。


待つこと1時間。

電子カルテの端末で何度も自分の結果が出ていないか確認する。


10回目くらいの確認でようやくPCRの結果が出た。


陰性だった。

ホッとする。


というわけで、オレにとってのコロナ騒動はひとまず終わった。



オレ自身はセーフだったが、月曜日も火曜日も、毎日のように誰かが陽性になる。

水曜日にはついに研修医が5人まとめて陽性になってしまった。


勘弁してくれ!

もうなるようにしかならないのだろうか。


医療者側の立場でいえば、ダラダラと第8波、9波と低い山が続くのがいい。

第7波のように、いきなり3倍くらいの高さの山が来ると対応は不可能だ。


そのシワ寄せはコロナだけでなく様々な所に行く。

癌患者の手術ができなくなったり、交通事故の患者を受け入れられなくなったり。

その事でオレたちが非難されるのは心外だ。


いずれ日本人全体が集団免疫を獲得する日が来るのだろう。

それまでは、今の状態に耐えるのみ……か。


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