第140話 車にステッカーを貼る男

その初老男性は交通事故で入院していた。

以前は建築現場で働いていたそうだ。

このたび目出たく救命センターを退院する事ができた。


自宅でも特に問題なく息子や娘と暮らしている。


お金がなくなってきたので早く仕事に復帰したいとのこと。

問題は通勤だ。

現場まで車で行かなくてはならない。


果たして車の運転がちゃんとできるかどうか。


試しにリハビリ科でドライバーズテストをしてもらった。

標識を瞬時に判断したりする能力を試すものだ。

あまりの出来の悪さに茫然ぼうぜんとしている、とリハビリ科のカルテに記録があった。


ただ、診察室で話をしている限り、さほど悪そうには見えない。

同行してきた娘が言うには、ルールがよく分からないままにドライバーズテストが進んでしまったのだとか。


「今は自転車に乗っているんですけど、車を運転しているつもりで一旦停止とかやっているんです」


本人なりの言い訳ではあるが、言っていることもまともだ。


「息子さんか娘さんの同乗で判定してもらったらどうですかね。どこか車の少ない所で」

「じゃあ私が父の車の助手席に乗ってみます」

「くれぐれも注意してくださいね」


ということで、徐々に運転を再開してもらうこととする。


「やはり安全第一ですからね。高齢者マークも貼っておきますわ、先生」

「それはいいですね。ついでに初心者マークも貼っておいたら誰も近寄らないでしょう」


もし本当に高齢の初心者が運転していたら、かなり怖れられるだろう。


「【危】とか【毒】マークなんかもいいんじゃないかな。色々貼っておいたら」


我ながら次々にアイデアが湧いてくる。

もう無敵の気分になってきた!



ふと気づくと父娘おやこが引き気味だ。

何事もほどほどにしておかないと……

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