第130話 役割を果たす男

安倍元首相の訃報ふほうは各方面に衝撃を与えている。


「民主主義に対する挑戦だ」

「言論封殺を許さない」


そう語っている人が多い。


オレ自身は民主主義だ言論だという以上に感じることがある。

それは、皆が懸命に支えている社会をおびやかした罪は大きい、ということだ。


というのも、日本ってのは基本的に貧乏な国だ。

皆が一生懸命働いて何とか国のていをなしている。

その社会を破壊する犯罪行為は、オレには許しがたい。



自分の中にそういう思いがあることを意識したのは随分前のことだ。

殺人事件の裁判で証言台に立った時にさかのぼる。


大勢の人間が大勢の人間を殺した刑事裁判の1つで検察側証人として出廷した。

傍聴席に被告人の仲間がいて、裁判所を出たとたんに刺されるかもしれない。

そう考えれば、検察側に立って証言するというのも恐ろしいことだ。


だから証言が終わり次第、地下に待機している検察庁の車で送ってもらうことになっていた。


証言には少なからぬ覚悟がいるとはいえ、殺人という行為を許容するわけにはいかない。

ただのオッサンのオレでも社会のためになるなら、その役割を果たすのは当然だと思った。


法廷での証言の後、オレはひたすら願った。

刑期を終えて出て来た被告人に報復されないことを。


結局、判決では途轍とてつもなく長い有期刑が言い渡されたようだ。

そのことは報道で知った。

出所した時には殺人犯もオレもヨボヨボのジジイって事になる。



裁判員裁判では、相場よりも厳罰になりがちなのだそうだ。

オレも裁判員たちも、何よりも社会の秩序を大切にする普通の日本人なのだろう。

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