第112話 トイレに行けない男

たった今、オレはオンライン講演会の講師を終えた。

お題は「カルテ記載の工夫」だ。

事実と見解を区別して書きましょう、というお話。


講演会の主催は某僻地へきち診療所の院長、若竹先生。

ウチの病院の近所でクリニックをしていたのが、縁あって僻地診療所に行くことになった。


医師人生の総仕上げに60歳をこえてから僻地医療を決意したそうだ。

もちろん家族は大反対。

で、気がつけば単身赴任していた。


僻地診療所は村長が寄附や補助金をかき集めてつくったものだ。

おおかた掘っ立て小屋が建っているのだろうと若竹先生は思っていた。

行ってみたら総工費数億円の立派な有床診療所でびっくりしたとのこと。



オンライン講演会の後の雑談が僻地医療の話題で盛り上がった。


スタッフは皆すごく協力的なのだそうだ。


海岸沿いの道には避難用の津波タワーが一定間隔で設置されているとか。

師長は子供の頃に自宅の風呂でペンギンを飼っていたとか。

タタキはポン酢じゃなくて塩で食べるのだとか。


ザ・僻地といった話が満載!


「先生たちも1度遊びに来てよ。専門に応じた患者さんを集めておくからさ」


たった1人の医師である若竹先生は3ヶ月たないのにもう人恋しいらしい。


でも、本当に遊びにいった整形外科医が死ぬほど働く羽目になったとも耳にした。

というのも噂を聞いて集まった村中の年寄りで診療所は大混乱。

くだんの整形外科医は昼食をるどころかトイレに行く暇もなく診察をさせられたのだとか。


何しろ年寄りってのは腰も膝もどこもかしこも痛いもんだ。


オレもちょっと応援がてら遊びに行きたい気がする。

職員宿舎に泊まるとして、交通費とかバイト代とか、出るのだろうか。

あまり期待していてガッカリするのも嫌だしな。


なにしろ若竹先生が主催の講演会では講師謝金はいつもゼロだ。

講演会の後の飲み会が謝金代わりになっている。


ん?


今回の講演会はオンラインだぞ。

回収のしようがないじゃん!

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