第104話 チーム医療を実行する男

「チーム医療について、あなたの考えを述べてください」


 研修医募集の面接試験などでよく尋ねられる質問だ。


 そりゃあ無理というもの。

 質問が漠然ばくぜんとしすぎている。

 そもそも医学生にとっては未知の領域なのだから。



「チーム医療についてはまだ経験したことがありませんが、チームプレーならあります。私は学生時代の部活動で……」


 そう言って、うまく自分の得意分野に話を持っていく医学生もいる。

 面接対策をしてきたのだろう。



 さて、世の中には色々な患者がいる。


 中には暴言を吐く者もいないわけではない。

 暴力よりはマシだが、暴言もまた医療従事者の心を折ってしまう。


 暴言患者の1人が入院中の江黒えぐろさんだ。


「お前らのやっているのは最低の仕事だ」

「血糖測定は後でいい。腰が痛いのを何とかしろ」

「採血のデータを今すぐよこせ。結果は金を出している客のものだろ」


 などなど、看護スタッフに対して言いたい放題だ。


 暴言が続くようなら退院してもらいますよ、と師長に注意されると言い返す。


「まだ頭が痛いのに、こんな状態の患者を追い出すのか」



 当然、医療従事者も人の心を持っている。


「江黒さんには退院してもらって、二度とウチに来ないようにしてくれませんか」


 そう師長に言われた。


 オレも異論はない。

 とはいえ、強硬な手段に出るのはまだ早い。

 とりあえずオレは江黒さんに言った。


「世話になっている人に暴言を吐くのは感心しませんね」

「……」

「前はちゃんとした社会人だったじゃないですか。今の江黒さんにはガッカリですよ」


 オレの言葉が江黒さんの心に届いたのかどうか。

 一応、「そうですね、二度としません」という返事があった。


 しかし、翌日になるとまた暴言が始まる。


 そろそろ強制退院、出入り禁止の措置そちをとろうか、という話が病棟カンファレンスで出た。

 別に僻地へきちじゃあるまいし、どこでも江黒さんの好きな医療機関に行けばいいことだ。


 10人ほど集まった中で誰も反対する者はいない……ことはなかった。


 呼吸器内科の白浜先生が反対したのだ。


「確かに江黒さんの暴言は目に余ります。しかし、癌に対する治療を中断するわけにはいきません」


 そりゃそうかもしれない。


 ただ、江黒さんの場合は自分で自分の首をめているわけだ。

 暴言を浴びせられてまで自分達が治療する必要があるのか、と誰でも思うだろう。

 因果応報とはこのことだ。


「じゃあ先生、どうなさるおつもりなんですか?」


 皆の気持ちを代弁して師長が言った。


「私が外来で責任を持って治療しますので、出入り禁止は勘弁してくれませんか」


 なんと立派な先生!

 オレは皮肉ではなく、心から感心した。


 10人がたくないといっても、1人がるといえば、そちらが通ってしまう。

 なぜなら、それが正論だと誰もが心の中では分かっているからだ。


 こういうのが本当のチーム医療ってやつじゃないかな。


 そんなオレの考えを面接試験で語ったら合格にしてもらえるだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る