第92話 大失敗をやらかした男

 病院の昼休みに行われる薬の説明会。

 医師を対象として製薬会社が行う。

 といっても毎日ではない。

 せいぜい、2週間に1回くらいだ。


 このときに説明会担当の薬屋くすりやから弁当が出る。

 これを知らずして昼食を済ませてしまった場合が悲劇だ。

 もう胃袋の何処にも豪華弁当の入る余地が残っていないのが悲しい。


 だからオレたちにとって説明会のスケジュールは最も重要な情報だ。


 しかし、説明会だけやって弁当のない薬屋もたまにいる。

 そういう時は「弁当なき薬屋」として永遠にオレたちに記憶されることになる。

 薬屋にとっては大失態だ。


 また、連絡係の医師から15人出席予定と聞いて、本当に15個しか弁当を持ってこない薬屋もいる。

 15個と聞いていても2、3個は余分に持ってきておく必要がある。

 他からの応援医師がいたり、連絡係の勘違いがあったりとかで数が合わなくなることがあるからだ。

 そういう時は数え間違いした連絡係ではなく、数を読めなかった薬屋が非難される。

 これまた「数の合わなかった薬屋」として永遠に記憶される。



 こういった話を聞くと読者は色々考えるかもしれない。


 薬屋に弁当を提供された医者が、その薬ばかり処方するんじゃないか?

 医者と薬屋が癒着するのはしからん。

……などなど。


 余計な心配をする必要はない。


 癒着ってのは、暇な人間がすることだとオレは思っている。

 このクソ忙しい医療現場でそんな悠長な事はやってられない。


 弁当を食べたからといって、その薬を処方しなきゃ、と思う律儀な医師は皆無だ。

 せいぜい「そういう薬もあったのか、知らなかったわい」程度の認識に過ぎない。

 新薬の名前なんか、すぐに忘れ去られてしまう。


 憶えているのは薬屋の大失態だけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る