第91話 エアコンの温度を下げる男
脳外科外来にやってきたのは頭部外傷で高次脳機能障害になってしまった中年男性だ。
1人で公共交通機関を使って病院に来ることができないので、いつもクラタニさんというヘルパーと一緒にやってくる。
ヘルパーといっても、もう80歳にはなろうかという女性だ。
クラタニさんは患者の母親と仲がいいらしく、いつも貴重な情報をもたらしてくれる。
「冬なんか『寒いなあ』と思っていたらいつの間にかエアコンの温度が下がっているそうなんです」
今日も母親の話をクラタニさん経由で聞くことになる。
「知らないうちにこの人が下げているんですよ」
クラタニさんの言葉に患者が反論する。
「あまり温度を上げていたら電気代がかかるじゃないか」
それも一理ある。
「電気代もお母さんが出して、この人は一銭も出してないのに」
なるほど、そういうことか。
80歳とはいえ、やはりクラタニさんの方が患者より頭が回る。
「お母さんが
荷物?
「買い物頼んでいたから」
要するに頼んでいた買い物をお母さんが持っていたわけね。
それで転んだお母さんより荷物を心配していたのか。
ある意味、人間らしいとも言える。
「郵便受けに入っている求人のチラシを見て、少しでも時給の高い方に行きたいというんですよ」
クラタニさんの告げ口はとまらない。
「それでね、先生。よりにもよって今の職場の上司に相談に行って。『それは難しいからやめておけ』と言われたそうです」
あまりにもストレート過ぎる!
上司も返す言葉がなかっただろう。
とはいえ、高次脳機能障害による障害者雇用だったら、そんなもんか。
「自分の事しか考えない性格をどうやって直したらいいんでしょうか?」
そうクラタニさんに尋ねられたので、オレは答えた。
「性格を直すのは無理ですよ」
「先生!」
「50年かかって形成された性格ですからね、直すのも50年かかりますよ。50年経ったら、もうここにいる全員、おそらく生きていないでしょう」
高次脳機能障害で言動にブレーキがかからなくなってしまい、元々の性格がそのまま出ているのだろう。
オレなりの解決策を提案した。
「お母さんが郵便受けを見て、先に求人のチラシを捨てたらどうですか?」
そういってオレは笑った。
なぜか患者も一緒に笑っている。
わざわざ遠回りになる解決法を考える人が多い。
性格を直そうとか、脳トレをやろうとか。
無理、無理!
そんなものは不可能に決まっている。
もっと現実的な解決の仕方を考えるべきだ。
とはいえ、この患者の自分勝手さ。
あまりにも独創的でオレの頭では到底思いつかない。
いつも笑わせてくれて、ありがとう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます