第75話 また局所がムズムズする女

 局所がムズムズする高齢女性については以前に述べた。


 もう一度、おさらいしておく。


 2ヶ月ほど前から局所がムズムズするという。

 ちょうどその頃にのみ始めたβ遮断薬メインテートの副作用ではないか?

 そう思って中止してもらった。


 この薬で気分が落ち込んだ人を複数知っているからだ。

 同じ頃に開始した経口抗凝固薬エリキュースの方も別の種類に変更した。

 念のため抗うつ薬も開始した。


 それでムズムズは解消されたのか?

 残念ながら治らなかった。

 多少の紆余曲折うよきょくせつはあったにしても。



「陰部むずむず感で発症したパーキンソン病の1例……というのが、あるみたいよ」

「はあ? そのものじゃん!」


 ある日、妻に言われて驚いた。


「むずむずあし症候群の親戚かな。治療も同じみたいね」


 そんな画期的な病気がこの世に存在していたのか!

 直観的に「これだ!」という気がした。


 そういえば、この患者にもむずむず脚症候群そっくりの訴えがあったことに気がつく。

 朝調子が良くて夕方に悪くなる。

 歩くと症状が改善する。


 言われてみれば、そっくりじゃないか。

 どうして今まで気づかなかったのか?


「どうやって見つけたわけ?」


 そう妻に尋ねた。


「局所、むずむず。そうグーグルに入れて検索したら4番目くらいに出てくるから」


 何のヒネリもない、ただそれだけの事か。



 総合診療部のカンファレンスでその話をした。

 週1回、ウチの病院でやっているカンファレンスだ。


 このカンファレンス、最初は入院患者の検討会だった。

 徐々に色々なドクターが集まるようになった。

 開業医、介護老人保健施設ろうけん、フリーランス、あらゆる背景の医師たちだ。


 共通するのは、皆、それぞれに腕自慢だということだ。

 診断のつかない難しい症状を持ち込むほど喜んでくれる。

 まるで喧嘩相手を路上で探している格闘技選手みたいなものだ。


「むずむず脚症候群というのはあるけど、むずむず陰部症候群ってのはあるのでしょうか?」


 そうオレが尋ねたら、あちこちから返事が返ってきた。


「あり得ますね」

「むずむずってのはあしだけでなく手にも起こるんですよ」

「この前、『レストレス・アブドメン(むずむず腹症候群)』ってのが、某病院の症例検討会で出されたけど、誰も答えられませんでした」


 こういう某病院の症例検討会のようなものはクローズドのものもあればオープンのものもある。

 おそらくオープンの検討会で、あちこちから来た参加者に「さあ、診断してみろ」と挑戦したものだろう。

 そして参加者全員が降参したわけだ。


「だから、むずむず陰部症候群ってのもあるんじゃないかな」

「むずむず脚症候群だったらコーヒーの飲みすぎとか鉄欠乏性貧血が原因になることが多いのでチェックしておいたら?」

「はっきりした原因がなかったらビ・シフロールを試してみましょうよ」


 さすが腕自慢たち、たちまち貴重な助言をくれる。



 で、くだんの高齢女性はどうなったか?


 結論から言うとビ・シフロールの服用で改善した。

 彼女の眉間みけんに刻まれていたしわが徐々に戻った。


 まだスッキリとはいかないが、1週間ごとに良くなりつつある。

 何事もあきらめてはいけない、ということだろう。


 それにしてもオレは自分のやっている仕事の奥の深さに驚く。


 綺麗きれいに投げ飛ばされた事に感動するばかりだ。

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