第65話 スッピンで診察室に来る女 2

 前回はボトックス注射のためにスッピンで受診する患者の話をした。


 実は夜の仕事をしている女性もスッピンで来る。

 眉毛なんか何処どこにあるか分からない。


 もちろん化粧するか否かは個人の自由だ。

 オレも余計なことは尋ねずに淡々と診察する。

 診察が終了し、次回の再診予約を取るときに打ち明けられる。


「実は私、夜の仕事をしているので、朝早いのは苦手なんです」


 知ってた、などと余計な事をオレは言わない。


「じゃあ、次回は昼の12時頃でどうでしょうか?」

「それなら助かります」

「時間通りにいかないことが多いので、少々遅れてもいいですよ」


 朝は1分でも余分に寝ておきたいだろう。

 そう思って、オレなりに配慮する。


「ところで、先生はお酒をお飲みになりますか?」

「たまには飲む事もありますけど」

「もしよかったらお店の方にも来てください」


 そう言いながら名刺が出てくる。

 当然、カルテとは違う名前が印刷されているものだ。


「分かりました。機会があったらお伺いします」

「嬉しい! いつ来てくれますか?」


 適当に話を合わせたつもりが、たちまちのうちにコーナーに追い込まれる。


「今はコロナで忙しいんで」

「じゃあ、ちょっと先になりますね」

「ええ」



 昼は肌を休めておいて、夕方になったら化粧して出勤するんだろうな。

 オレが行ったら、どんな別の顔で迎えてくれるのか、でへへ。


 つい、そんな事を考えてしまう。

 医者がいいカモにされるわけだ。





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