第60話 妻に秘密のリストを持つ男

オレには秘密がある。

決して妻にバレてはならない極秘リストだ。


以前にも述べたが、オレはオンライン英会話を受講している。

1回25分、パソコンの画面の向こうの講師は海を隔てたフィリピン共和国。

3000人の中からレッスンのたびに指名するわけだが、その選択基準が難しい。

性別、年代、出身大学、初心者向け、ビデオ通話可能などなど。

それなりの情報は提供されている。


さらにレッスン後の生徒からの評価とか人気講師とかでもソートすることができる。

人気というのは指名の多い講師、という意味だ。


試しに人気講師でソートして顔写真を並べてみる。

なんとまあ、ミス・フィリピン大会か、と思うくらい美人が上位に並ぶ。


こりゃあ資本主義の第1法則、「美人こそ正義!」ってやつだ。

生徒の多くを占める日本人男性の諸君。

君たちの気持ちはよ~く分かるよ。

オレたちはまぎれもなく同志だ!


そういうオレもつい自分好みの写真の講師を指名している。

どこ大学出身とか講師歴何年とか、そんなことは全て頭から吹っ飛んでしまう。

マウスを持つ指が勝手にポチッとしてしまうのだ。


そして、ワクワク・ドキドキしながらレッスンを待つ。

「ポピポッ!」という音とともに画面に登場したのは、どスッピンの「美人」講師。

自宅からのレッスンのためか、化粧も何もしていない。


あの写真は何だったんだ!


ここでオレは資本主義の第2法則を思い知る。

「顔写真は化粧とフォトショップで修正が入りまくっている!」


なんだガッカリ、と思う間もなく英語地獄が始まる。

何とか25分間のレッスンをサバイブしたオレは画面の前でへたばる。

もう汗びっしょりだ。



というわけで、オレのオンライン英会話の画面には歴代講師の顔写真が並んでいる。

もし妻に見られたら、たちまちオレの邪悪じゃあくな心がバレてしまう。

「何これ!」と叱責しっせきされる自分の姿がありありと想像される。


「何これ、と言われましても……何のことだか」


取りえずとぼけてみせても無駄だろう。


「どういうこと?」

「つ、つい愛妻に似ている講師を指名してしまったのかな」


精一杯の言い訳だ。


「今すぐ消しなさい!」


妻に理屈は通じない。

資本主義社会の第3法則だ。


だからみつかるわけにはいかない。


いわばオレにとってのオデッサ・ファイルだ。


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