第46話 店仕舞いの準備をする女

 入院患者について担当医と打ち合わせをする。


「娘さんは施設に入ってもらいたいみたいなんですよね。でも本人は絶対に家に帰るって」

「自宅退院したときの不都合は?」

「よく転倒するんですよ。それに食べ過ぎで高血糖になってしまって」

「どのくらい?」

「600以上になりますね」

「それは中々だな」


 普通、血糖が400を超えると意識がおかしくなってくる。

 ましてや600だと昏睡一歩手前だ。


「とはいえ、御本人も自分の家だからな。こけようが意識障害になろうが放っておいてくれってところだろうな」

「そうなんですよ。いつもそうおっしゃっています」

「だから、無理に施設にいれる必要もないんじゃない?」

「そうですよね」


 施設に入れようというのは娘さんの都合であり、必ずしも本人の幸せを考えてのことではない。


「それでね、いよいよの時は気持ちよくなる薬を一服盛ってくれって」

「おおーっ。その気持ちは良く分かるよ。誰も苦しみながら死にたくないからな」

「やっぱりそうですか」

「それこそアドバンス・ケア・プラニングだぞ。『胸骨圧迫しますか、挿管そうかんしますか』なんてのは枝葉末節しようまっせつでしょ」

「じゃあ、そのことをカルテに書いておきます」

「よろしく」


 人生会議とも呼ばれるアドバンス・ケア・プラニング。

 あらたまってやる機会もあまりない。

 診察の合間に聴き取ってカルテに残しておくのが現実的だ。


 一服盛ってくれ、というのも立派な意志だとオレは思う。




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