第40話 道場破りと間違えられた男

もし研修医向けの勉強会にいい年したオッサン2人が参加していたら?

若者ばかりの中でどうしても目立ってしまう。

それだけならいいが、講師からは道場破りと誤解されるのではなかろうか。


実際、カンファレンスルームでオレたちは浮きまくっていた。

講師はチラチラとこちらを見ている。


そんなわけでトイレ休憩の間に挨拶にいった。


「私はこういうもんでして、今日は勉強させてもらいに来ました」


オレは名刺を差し出しながらそう言った。


「決して怪しいものではございませんので」


ここは念を押しておこう。


次はもう1人のオッサン、加瀬沢かせざわ先生の番だ。


「私は少々怪しいものでして」

「はあ?」


何を言い出すんだ、講師が不審な目で見ているぞ。


「実は執行猶……」

「ダアッ、先生。とにかく席に戻りましょう!」


オレは加瀬沢先生の背中を押した。



彼は刑事罰をくらって執行猶予中の身だったのだ。

麻薬や覚醒剤が身近にある医師が陥りやすい薬物犯罪をやってしまった。


もちろん刑事罰にもれなくついてくる行政罰で医師免許も停止になっている。

以前は2年間停止なら2年間が経過したら自動的に医師免許いしめんが復活した。

だが今はそうではない。


200時間かそこらの研修が課せられる。

厚生労働省に研修計画を提出し、認めてもらった上で実行しなくてはならない。

で、オレがその助言指導者という役を仰せつかったわけだ。


以前からよく知っていた加瀬沢先生のためになるならと、オレは引き受けることにした。

薬物事犯なので人様に迷惑をかけたというわけでもない。

これが殺人や放火などの重大犯罪ならオレも助言指導者を断っていたに違いない。


ただ、200時間の研修を継続的にこなしていくというのは大変だ。

医学生向け、あるいは研修医向けの勉強会を探しては出席する。

冒頭述べたようにいかにも場違いだが、そんなことは言ってられない。


加瀬沢先生は研修につきあうオレにいつも恐縮していた。

もう四方八方に謝り倒す人生を送っているらしい。

家でも粗大ゴミ扱いされているのだとか。


医師免許のない医者ぐらい暇な人間もいない。

だから加瀬沢先生はアルバイトをしている。


とはいえ、引っ越しのような肉体労働はできたものではない。

また、履歴書を出すような仕事も困る。

国立大学医学部卒がバレたら「なんで?」と怪しまれてしまうからだ。


ということで、やるのは必然的に履歴書の要らないデスクワークになる。


が、困るのは妙に飲み込みがいいことだ。

だから、できるだけ目立たないように心掛けていた。

でも、いつの間にかバイトリーダーとか正社員登用とか、込み入った話になってしまう。


ある時、加瀬沢先生のバイト先に英語での電話の問い合わせがあった。

皆が困って右往左往していたので代わったそうだ。

無事に対応を終えて受話器を置いたら周囲はドン引きしている。

親切で助けてあげたのに「アンタ何者だ!」って扱いだったらしい。


「まさか『執行猶予中の身だ』って身分を明かすわけにもいかないですからね」


いや、それを身分とは言わないんだって。



そんな日々の後、目出度く加瀬沢先生は復活することができた。

200時間の研修達成。

2年間の医師免許停止期間終了。

そして執行猶予期間も過ぎたわけだ。


「いやあ、先生は命の恩人です。僕は本当に馬鹿でした。しくじり先生に出演してもいいくらいですよ。『みんな、俺みたいになるな』って。ガッハッハッハ!」


再就職先も決まって妙にハイテンションだった加瀬沢先生。



数年経った今、何かの会合で時々、顔を見ることがある。


「あ、加瀬沢先生。ちょっと教えて欲しいんですが、先生の時の研修は200時間でしたかね?」

「ん-、あんまり覚えていませんねえ。そのくらいでしたか」


もう過去の事は忘れてほしい、そんな表情になっている。

それが普通ってもんだな。


オレも記憶の底に封印しよう。

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