第11話 "リ・なんとか" を欲しがる男

 拘置所だったか留置所だったか。

 そのような施設から診察を依頼された。

 姿を見せたのはスウェットを着た若い男だ。


 警察官らしい人が2人ついてきていた。

 1人は年配、もう1人は若い人。

 両方ともあまりヤル気がなさそうだ。


 一方、やってきた兄ちゃんの方はエネルギーあふれていた。

 乱暴者といってもいい。


「調子が悪いから薬くれる?」

「……」

「リ・なんとかってやつ」

「えっと、リ・なんとか?」


 とぼけて見せたがリタリンに決まっている。

 覚醒剤類似医薬品だ。

 睡眠発作ナルコレプシーに用いる。


 以前には色々な疾患に使われていた。

 特徴はその強力な覚醒作用にある。

 使っているうちに依存症になってしまうのも無理はない。

 処方を懇願されがちな薬の1つだ。


「覚醒剤とは違うからな」


 おいおい、警察官の前で墓穴を掘ってどうする!

 とはいえ確かに覚醒剤アンフェタミンとは若干構造が違う。


 相変わらず警察官はつまらなそうにしている。


「リ……なんとかねえ」

「早く出してくれ」

「リンデロンでしょうか?」

「違う、違う」


 予想通りのレスポンスだ。

 もうちょっと相手してやるか。


「リファンピシンかなあ」

「いや、それじゃない。リ・なんとかだ!」


 だんだん相手の苛立いらだちが伝わってくる。

 そろそろ手仕舞てじまいにしよう。


「じゃあ、リタリンですかね?」

「それだ、それ!」


 兄ちゃんの声が急に明るくなった。


「うちの病院には入ってないんじゃなかったかな」

「ええっ? 覚醒剤とは違うぞ」


 覚醒剤だからないんじゃなくて、そもそも採用されていないわけ。

 できるだけ申しわけなさそうな顔をしながらその事を説明する。

 すると兄ちゃんの表情が一変した。


「じゃあ、何か。俺の今日の1日はまるっきり無駄だったのか!」


 怒りのあまり、兄ちゃんは野獣と化していた。


 何を言い出すやら。


 いやいや、あなた拘留されているんでしょう?

 そういう立場の人に無駄な1日だと言われてもねえ。

 オレは笑いをこらえるのに必死だ。


 もちろん、火に油を注ぐようなことを口にしてはならない。

 勾留されているのも、それだけの理由があるからだ。


「もういいだろう、帰るぞ」


 ようやく年配の警察官が腰を上げる。

 本当に無駄な1日を過ごす羽目になったのは、この人たちじゃないか。


 御苦労さまです。


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