妹と血が繋がって無いと分かった。それでも大切な存在には変わりない

青羽真

妹と血が繋がって無いと分かった。それでも大切な存在には変わりない

 俺達は今、悪友の家で、ギャルゲーをプレイしている。可愛い女性キャラ攻略ヒロインの登場に思春期真っ盛りな友人たちは大はしゃぎである。



 そんな中、俺は『オカルト』について考えていた。



 ホラーだと「口裂け女」や「メリーさんの電話」など、怖くない物だと「ツチノコ」や「ネッシー」が有名だろうか。誰でも一度は、人から直接聞いたりテレビで紹介されているのを見たりしたことがあるのではないだろうか。


 オカルトの難しい所は「本当に起こるかもしれないと人々が思うギリギリを責めている」点だと思う。例えば、「ツチノコを探せ」や「ネッシーを見つけたら賞金」という表現はよく耳にする。しかし、「スライムを探せ」や「竜を見つけたら賞金」などの表現はあまり耳にしたことが無い。


 この差は、ツチノコやネッシーが「まだ発見されていないが、居てもおかしくない」と思うギリギリを責めているからだと俺は思う。


 腹部が大きな新種の蛇が見つかっても変じゃない

 首長竜の生き残りが居ても変じゃない


 そう話を聞いた人は思う訳だ。



 どうして、ギャルゲーを見ている時にそんなことを考えているかというと、今画面に写っているヒロインは主人公の妹だからである。


 朝になると、「お兄ちゃん! 朝だよーー! おーい! もうー、早く起きないと遅刻しちゃうよ!」と可愛らしく主人公を起こしに来る。

 夕方になると、栄養満点、味も満点の最高のディナーを用意してくれ、「今晩はお兄ちゃんの好きなハンバーグだよ! 召し上がれ!」と言ってくれる。

 そして、主人公が感謝を伝え、頭をなでてやると「えへへ。もう、お兄ちゃんったら」と照れる。


 彼女のような『可愛らしい妹』は現実には存在しない(と俺は思う)。確かに、「妹」という存在自体は決して空想上の生き物ではない。だから、「こんな風に甲斐甲斐しく世話してくれる妹が居てもおかしくないのでは」と人々は思ってしまう。


 これこそが、オカルトとの共通点である。「本当に起こるかもしれないと人々が思うギリギリを責めている」のだ。



 ギャルゲー鑑賞会が終わり、自宅に帰った俺を待つのは、腹を空かせた妹、真唯まいである。


「おにい? 帰ってきたの? 早くご飯作ってくれる? お腹空いたんだけど?」


「直ぐに用意するからちょっと待ってくれ」


「ん。出来たら呼んでね、寝てるから」


「はいよ」


 親は仕事から帰ってくるのが遅く、晩飯は俺達だけで食べることになっている。この習慣が出来たのは俺が小学校三年生、真唯が小学校一年生の時だった。流石に小学校一年生に料理は危ないだろうという判断の元、俺が夕飯を作ることになった。それ以来、平日はほぼ毎日料理を作っている。


 白米。味噌汁。卵焼き。海藻サラダ。今日の夕飯は和食である。最近買った予約機能付きの炊飯器のおかげで、夕食の準備は直ぐに整った。


「おーい! 真唯ー! 晩飯出来たぞーー!!」


 返事が無い。


「おーい! 起きてるかー? 今寝たら夜寝られなくなるぞーー!」


 やはり返事が無い。


「はあ。寝てんのかな? 起こしに行くか」


 俺は真唯の部屋に向かい、中に入る。

 そこにいたのは、ゲーム機を両手に持って画面に集中する真唯だった。最近はやりのRPGゲームのようだ。俺はプレイしたことが無いが、男女関係なく楽しめるゲームだろうで、クラスでも話題になっている。


「ご飯できたぞ。きりが良くなったら、降りて来いよ」


「っち。分かってるって。邪魔しないで」


「分かった。スマンスマン」



 程なくしてリビングに現れた真唯は少し怒っていた。


「いいとこだったのに、おにいが気を逸らすから……。もう最悪」


「スマンって」


「はーあ。これで、美味しい料理が待ってるならまだしも……。もっと精進してよね」


「はあ。ったく、文句言うなら自分で作れよ……」


「兄は妹を世話するべし。これ、常識ね」


「んな常識、初めて聞いたわ。そんな調子じゃ、将来どうするんだよ?」


「考えてなーい。まあ、おにいが世話しに来るでしょ」


「俺はお前の母さんか」


「お母さんはもっと料理が上手。おにいは……下働きね」


「ひどい言い草だな、おい」


「バカな話は辞め。はやく食べて、ゲームの続きしないと。味わう必要無くさっさと食べられるって意味では、この料理もいいかもね」


「はあ……」



 現実なんてこんなもんである。料理を作ってくれる妹など、全国の紳士プレイヤーの妄想の中にしか存在しない。というか、せっかく作った料理に対して文句を言うとか、主人公よりひどいのでは?あのゲームの主人公、ダメ人間って設定だったが、ちゃんと妹に感謝していたぞ?





「「「誕生日おめでとう!」」」


 今日は俺の18歳の誕生日である。偶然、祝日だったこともあり、真唯、そして父さんと母さんが誕生日を祝ってくれた。


「父さんと母さんからはこれをプレゼントしよう。じゃん!」


「おおーー! 結構いいパソコンじゃん! いいの?」


「大学生になったら毎日のように使うからな」


「いや、大学受験はこれからなんだけど……」


「お前なら大丈夫だろ? 今の所、A判定だし。ってこんなこと言ったらプレッシャーになるよな。まあ、ぼちぼち頑張ってくれ。パソコンは、安かったから買ったんだ」


「まあ、ちょっとぐらいプレッシャーがある方がいいかな。パソコン、ありがとう!」


「おう。後で一緒にセットアップしような」



 そういえば、鑑賞したギャルゲーでは、妹が主人公に誕生日プレゼントを用意していたなあ。

 まあ、真唯に関しては、ケーキを食べる為にここにいると言っても良い。万が一、真唯が俺にプレゼントを渡そうものなら、厳重に警戒する必要がある。流石に、爆弾を渡したりはしないだろうけど、リアルな虫のおもちゃくらいなら入っているかも。

 いや、爆弾もあり得るか?真唯だって思春期の女の子。特定の異性を好きになったり、嫌いになったりする時期である。そして、俺は嫌われ役。爆殺されることもあるかも。


 冗談はさておき、ギャルゲーの主人公が羨ましいよ。俺も、妹からプレゼント貰いたい。


 結局、真唯はプレゼントを用意してなかった。当然と言えば当然だが。



 楽しくケーキを食べ、ちょっと豪華な晩御飯が済んだ。楽しかった時間は終わり、また日常が戻ってくる……。そんなタイミングで、父さんと母さんが「大事な話がある」と言って、俺達にリビングで待つように言った。


 父さんと母さんは二階へと上がって行った。いや、屋根裏にある収納スペースへ向かったようだ。何があるのだろうか?


「何だろうな」


「さあ? 家宝でもあるんじゃない?」


「だったら嬉しいが」



 待つこと暫し。父さんと母さんが封筒を持って現れた。


「お前は18歳。もう選挙権もある大人だ。だから、今から言う事も、驚いたり嘆いたりせずに聞いてほしい」


「お、おう」


「俺には、弟が居た。彼は心臓に問題があって、病弱だったんだ」


「はあ。つまり、叔父って事になるのかな?」


「ああ。真唯の叔父だな。彼は、病弱で良く病院で会う女性に恋をした」


 真唯の叔父?何か引っかかる言い方だな。


「病院での恋か。なんともドラマチックな展開で」


「その相手の名前は小鳥遊たかなししず。文芸部に所属していた私の後輩よ」

 と父さんに変わって母さんが話をする。


「作家の? 前に母さんが紹介してくれたよな?」


 読みやすく、しかも内容には深みがある良作だった。友達にも薦めた記憶がある。


「ええそうよ。凄い作家であり、いい友達だったわ」


「そうなんだ……」


「それで、恋に落ちた二人は結婚し、子供を授かった。病弱な二人の間の子供だったけど、赤ちゃんは元気に生まれたわ」


「それは良かった」


「だけど、二人の体は限界が近かった。赤ちゃんが生まれて一か月も経たないうちに二人とも亡くなったわ」


「そうか……赤ちゃんの顔を見れただけでも良かったのかな。でも、成長した姿を見れなかったのは辛いだろうな……」


「二人の子供は、彼らが一番信用していた俺達が引き取ることになった」


「へ?」

 突然の事態に俺は素っ頓狂な声を上げる。さっきまで興味無さそうにしていた真唯も口をあんぐり開けて驚いている。


「それがお前なんだ。今まで黙っていてすまんかった。だが、幼少期を『両親がいない』という影と共に暮らすのは良くないだろうって二人がそう望んだんだ」


「な、なるほど。マジか……。さっき、『叔父って事か』って言った時、わざわざ『真唯の叔父』って言ったのはそう言う意味か。ごめん、まだ……」


 理解が追い付いていない。そう言おうとした俺を遮ったのは真唯が席を立った音であった。


「「「真唯!?」」」


 真唯は、軽くパニックになったのか、自分の部屋に駆け出した。部屋のドアを閉める音が、やけに大きく聞こえた。


「……はあ。俺もパニックになりそうだったけど、真唯のおかげで、ちょっと落ち着いたよ」

 自分よりも慌てている人が居ると、何故か冷静になれるっているあれだ。

「それで……なんでわざわざ今その話を? それこそ、大学受験が終わってからとか、成人した時とか他にも言うタイミングがあると思うんだが……」


「ああ。それは二人の遺志と、あとは遺産について話しておきたかったからだな。前に『私立には行けないな。家族に迷惑をかけられない』なんて言っていただろ」


「ああ、なるほど。滑り止めが出来るって訳か」


「そういう事。これがそれだ」


 通帳を受け取る。自分を生んでくれた人たちが俺に遺してくれたものだ。そう思うと、薄い通帳も辞書以上に重たく感じる。


「3億4000万……」


 想像以上の額に驚く。相続税とか抜いてこの額か?俺の両親、相当なお金持ちだった?


「ええ。静が出した本の印税も合わせての金額ね。彼女は生前よりも死後に評価されたから」


「なるほど。相続税は生前の売り上げから逆算される。死後に想定以上に売れた場合、沢山子供に遺されることになるって訳か」


「そうね」



 その後、俺の産みの親について色々と話を聞いた。二時間以上話し込んだと思う。そして、話がひと段落付いたところで、母さんが言った。


「この話はまた今度にしましょ。真唯と話をしてきてくれる? 直ぐに出てくるかなって思ってたのだけど……」


「まあ、兄だと思っていた人が赤の他人……ではないか、従兄だったんだ。びっくりしても当然か。じゃあ、ちょっと様子を見てくるね」





「おーい。真唯。入るぞ……。え?」


 てっきり、不貞腐れている、あるいはゲームで気を紛らわせていると思っていた。だが、真唯はベッドに突っ伏して泣いていた。


「おにい?」


 俺の顔を確認した真唯は、フラフラと俺に近づいてきた。そして、足元にうずくまり、俺を見上げて懇願した。






           「お願い……私を捨てないで」




 


「……はい?」


 普通、逆ではなかろうか?「血のつながりは無いとしても、僕を捨てないでください」的な。いや、俺の場合、血は繋がっているようだが。


いななで今まであがまま我が儘ばっかり言ってごめんなあいなさいまいいち毎日おいいごはんにもんくばっかり言ってごんなさい……」


「え……えっと? まあ、真唯がそういう性格なのは昔からそうだよね」


「うう、グズ、グズ、ごめんなあいなさいーー!」


「どうしたんだよ、急に……」


 その後、泣き崩れた真唯と会話できるようになるまで、俺は半分放心状態になった。


……

………


「ひっく。ゴメンなさい。取り乱したわ」


「おう。問題ないさ。で、どうしたんだ、急に?」


「今まで、『自分は妹だから、わがまま言っても平気』って思ってたの。ちょっとぐらい嫌なこと言っても、嫌ったりしないだろうって。改めて思うと最低よね……」


「……」


「これからはもっといい子になるわ。私、頑張る。だから見捨てないでください、お願いします」


 そう言った真唯は深々と頭を下げた。こんな真唯を見たのは初めてかもしれない。いや、小学生の真唯はこれくらい良い子だった気がする。


「見捨てたりするもんか。確かに『兄妹』ではないみたいだけど、俺達は家族なんだ。今までの我儘で口の悪い真唯でいてくれてもいいんだ」


「駄目よ! 今はそう言ってくれてるけど、絶対直ぐに嫌になる!」


「真唯……」


「いつかきっと思うよ。家族でもないこいつの世話をする意味なんか無いのではって……。見返りを求めない愛は家族の間でしか成立しない……。うぅうう」


「ったく。そこまで言うならこうしよう!」


 俺は真唯の肩を掴んで立たせる。


「え?」


 未だ困惑している真唯を俺は抱きしめ、耳元でささやく。


「真唯、俺と結婚しよう。結婚して、子供を作って……そうして、本当の家族になろう。それなら、心配しなくていいだろ?」


「けっ、けっこ、けっこここ……」


「なに鶏みたいな声出してるんだよ。家族から家族になるだけじゃないか」


「で、でも! 私なんかよりももっといい人とおにいは……」


「『なんか』なんて言っちゃ駄目。俺が居なくちゃ生きていけない真唯を守ってやる。それは俺の権利。そうだろ?」


「おにい……ちゃん」


「久しぶりにお兄ちゃんって呼ばれたな。それにさ……」


「それに?」


「正直、他人と結婚するってビジョンが見えないんだ、俺には。そりゃあ、ギャルゲーみたいに、選択肢を選ぶだけで好感度を稼げて、結婚できるならいいけど。リアルじゃあ、好感度を稼ぐのは至難の業。しかも、頑張って恋人になっても、情けない姿を見られないように常に気を張ってないといけないじゃん? そんなこと、俺にはできないよ。その点、真唯は俺の良いところも悪い所も全部知っている。今更、気を張る必要はない訳で」


 そこで、いったん話を止めて、俺は真唯を強く抱きしめる。


「逆にさ。真唯が俺以外の誰かと結婚するなら、今みたいなだらしない格好は出来ないだろ? でも、俺が相手なら、だらだらしてたって良い。文句を言ったり我が儘を言ったりしていい。最高だろ?」


 抱きしめていた手を緩め、真唯を正面から見据える。


「俺は決してお前を見捨てたりしない。だって、俺はお前を『家族』だと思っているから。だけど、真唯は俺を『家族』と思えないんだろ? だったら、結婚しよう!!」


「お兄ちゃん……」



「お、おめでとう! 二人とも! 明日もパーティーね!!」

「父さん、叔父にクラスチェンジしたお思ったら、今後はお義父さんになるのか……。娘をよろしく頼むよ、息子よ」



「「え?」」



「待って、お父さん。私……」


「なんだ? 真唯は結婚したくないのか?」


「だって私……お兄ちゃんには釣り合わない……。勉強も出来ない、料理も出来ない、掃除も出来ない……」


「心配しないで! 私も高校生の時はそんな感じだったわよ! 今から特訓しましょ? ね!」

「そういえば、母さんが高校生の時、俺に渡すバレンタインチョコを作ろうとして、失敗してたよな。それで、俺に泣きついてきたんだっけ? 結局、バレンタインデー前日は徹夜して、当日の朝に完成させたな」

「懐かしいわね~。完成した時に『結局、誰に渡すんだ?』って聞かれて。あなた に渡したかったって伝えたらすっごくびっくりしてて。『え、俺? いやいや。俺は自分で作ったチョコを貰うのか?』って」

「ともかく、そう言う訳だ。真唯はきっといいお嫁さんになるよ。息子に嫉妬しそうだよ」


 こうして、場は混沌を迎えた。



 俺達が正式に結婚したのは、俺が二十歳になった時。だが、結婚したからと言って何かが変わったわけではない。俺たちは家族から家族になったに過ぎないのだ。


 ところで、高校生の真唯が俺に悪態をついていた訳を聞くと、「小学校六年生の時に、ブラコンと揶揄されたから」だそうだ。そんなことがあったのか……。


 今でも、料理は俺の方が上手だし、掃除も俺の方が手際が良い。だけど、真唯も手伝ってくれるようになり、良い感じで分担作業が出来ている。



 小説やギャルゲーなら、読んだり選択肢を選ぶだけで好感度が上がっていく。好感度を上げに苦労する場面をスキップしてしまう事だって可能だ。

 だけど、現実はそうはいかない。苦労を重ねても、なかなか信頼されないこともある。いざ恋人になっても、相手に気を使う必要がある。


 苦労しなくても好感度を得られたり、気を使わなくても仲良く出来る相性ピッタリの相手を見つける事が出来たらベストだが、そんな運命のような出会いを出来る人は限られていると思う。



 だから、俺は妹が『妹』じゃなくて『従妹』で良かったと思う。

 妹と出会えて本当に良かった。




――Fin.





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