第6話 燻り


「ねえ円花。いいニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちから聞きたい?」


「なによそれ。そもそも悪いニュースなんて聞きたくないよ」


「樋口先生が、うちのクラスの担任、辞めちゃうんだって」


 なんだそんなことか、とわたしは思った。男の子たちにして見れば、せっかく来た美人教師がわずか一カ月で去ってしまうのはがっかりだろう。だがわたしにとっては痛くもかゆくもない話だった。


「でね、先生が転勤するのと同じ日に、塚本君も転校するんだって」


 わたしはぎょっとした。


「なによそれ」


 わたしには二人が学校から去る日が、たまたま同じ日になったとは思えなかった。


「塚本君がね、樋口先生の転任先について調べ回ってたみたい。うちのバイト先にも来て尋ねてたって先輩が言ってた」


 彼に関する新たな噂はわたしの不安を掻きたて、胸の奥の疑惑を膨れ上がらせた。


 わたしは奏絵がクラスを離れる日を聞き出すと、我慢をやめてひとつの決意を固めた。


 ――この爆発しそうな疑惑と不安を解消するには二人に直接、問い質す以外にない。


 最悪のトピックを聞かされたわたしは移動教室で周りが無人になったのを見計らうと、そっと響也の机に近づいた。


                ※


 わたしが対決の場所に選んだのは、学校から一キロほど離れた大型スーパーの裏手だった。


 立体駐車場の出口で待ち構えていると、屋内から出てきた一台の車がゲートを抜けてするりと止まった。わたしは中の人影を確かめると、こんなところで待ちあわせていたのかと怒りを新たにした。


 わたしは学校の近くに住んでいるクラスメートたちに、響也と奏絵の二人を見かけたことはないかと何日も聞き込みを続けた。その結果、スーパーの周囲をふらふらしている響也と、駐車場の近くで何かを探すようにきょろきょろしている奏絵を見たという証言を得ることに成功したのだった。


 ――学校からさほど遠くなく、それでいて生徒たちが頻繁に来たりはしない場所……か。


 わたしは奏絵の周到さに、背筋がぞっとするような薄気味の悪さを覚えた。


「九重さん……?」


 車から降りてきた奏絵はわたしを見ると意外そうに目を瞠った。


「塚本君が来ると思った?……ごめんなさい、あのメッセージを送ったのはわたしなの」


 わたしはそう言い放つと、ぽかんとしている奏絵に向かってしてやったりという表情を作ってみせた。


 わたしは彼が教室からいなくなったのを見計らって携帯を盗み、響也の名を語って奏絵を誘き出すための偽メッセージを送ったのだった。


「あのメッセージはあなただったの。なんのためにそんな小細工を?」


「もちろん、彼にちょっかいを出すのを止めてもらうためよ。やっと見つけた運命の人を、あなたみたいな小狡い女に渡してたまるもんですか」


 わたしはネットで購入したサバイバルナイフを取り出すと、刃先を恋敵の方に向けた。


「……待って。ちょっとお話をする時間をくれない?」


「この期に及んで、一体何の話があるって言うの?」


「あなたにとって大事な話よ」


「わたしにとって?」


 わたしは一瞬、奇妙な感覚に囚われた。それは脅しているはずのわたしが逆に圧倒されているかのような、足元がぐらつく感覚だった。


「ここじゃ話づらいから、乗って。……わたしが信用できないなら運転中、その刃物をずっとつきつけててもいいわ」


「もし騙したら、即座にあなたの首を掻き切るけど……いい?」


「どうぞ。お好きなように」


 奏絵は落ち着き払った態度で言い放つと、わたしが乗るのを疑っていないかのように運転席に戻った。



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