第2話 熾火


 わたしの焦りに一筋の光明がさしたのは、球技大会の応援旗作りで残っていたわたしたちに、パティシエを目指しているという子が小さなパンケーキを配り始めた時だった。


 十人ほどの輪の端にいた彼の呟きに、わたしの耳が獣みたいにぴくんと反応したのだ。 


「これはたぶん、見かけほどじゃないな」


 紙皿に乗ったミニパンケーキを見た瞬間、彼が聞こえるか聞こえないかの小声でそう漏らしたのだ。


 「お裾分け」を口にした他の子たちが「うまい」「おいしい」と満足げに目を細目ている中、彼だけは無表情で口を動かしていた。


 同じだ、とわたしは思った。出された食べ物を批評するのは失礼なので黙っていたが、わたしと彼だけがたぶん、同じように「いまひとつだな」と感じていたのだ。


 帰り際、同じタイミングで自転車置き場に現れた彼に、わたしは思い切って声をかけた。


「塚本君、ちょっといい?」


「……何?」


 ほとんど接点のないクラスメートに声をかけられたことに驚いたのか、彼は意外そうに目を丸くした。


「さっきの差し入れのことだけど……」


「差し入れ?」


「パンケーキを見た途端、小声で「見かけほどじゃない」って言ったよね?」


 怪訝そうな表情を崩さない彼に対し、わたしはひるむことなく畳みかけた。


「聞いてたのか」


「うん……実はね、わたしもそう思った」


 わたしが相手にされない事を覚悟で打ち明けると、意外にも「へえ」と彼の表情が興味をひかれたように変化した。


「じゃあ普段はもっとおいしい物を食べてるんだ」


「うーん、自分ではめったに作らないし、そんなに食べてるわけじゃないけど、おいしいお店なら知ってるよ」


「お店?」


 わたしは鼓動の早まりを悟られぬよう息を整えると、思い切って勝負に出た。


「……行ってみたい?」


 彼の放課後の行動はよく知らないし、わたしも普段はほとんどより道などしない。教室での彼の不愛想さを考えると「遠慮しとくよ」と言われる可能性は大いにあった。


「……二、三十分くらいなら。それと今、あんまり財布に余裕がないんだ」


 わたしは心の中で小躍りした。少なくとも頭ごなしに拒まれるという悲劇は回避できた。


「大丈夫、そんなに遠くないし、値段も安いから」


 わたしは彼の懸念に、できるだけ必死に見えないよう軽い口調で応じた。


「ふうん……ちょっと寄ってみようかな。案内してくれる?」


「もちろん!」


 わたしは上々の結果にほくそ笑みながら、自分の自転車のある場所へと戻った。

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