はめられた悪役令嬢と、ヒロインに騙されたわけではない王子様の話

影夏

婚約破棄をされる令嬢の話


「オフィーリア・フィン・ブルースター嬢!

 今日、この場において、僕は君の罪を告発し、その罪科をもって君との婚約を破棄する!」


 ――と、ライトノベルのもはや定番、『悪役令嬢もの』やら『ざまぁ系』などと呼ばれる小説の冒頭におけるお約束のように、会場の真ん中で婚約破棄を叫んだ王太子に対し、受けて立つ令嬢もまた「この展開、わたくしは生まれる前から知っておりましたわ」とばかりに余裕の笑みを浮かべ、


「殿下が何をもって、わたくしを罪人と呼ぶのかはわかりません

 けれど、貴方がその背にかばっていらっしゃる聖女様に関することでしたら、わたくしは無実を証明する用意がありますのよ」


 と。

 プライベートな時間も空間も《悪役令嬢》には過ぎたもの、と思い、諦めて。

 常に教師や生徒たちや使用人たちの目にさらされるように生きることで完璧なアリバイを手にしていると自負し、それゆえに今の状況は『ざまぁ系』によくある【自作自演で他人の婚約者を強奪する女】と【ろくに調べもせずに女の涙に騙された婚約者】による断罪シーンなのね、と。若干の蔑みすら込めて返したのだが。


「いや、公爵令嬢である君が、自らの手で――とは、考えてもいなかったんだが?」

「てゆーか、自分がやってないからって、なんであたしに冤罪吹っかけてきてんのよ? マジ意味わかんないんですけどー?」


「え?」


「それ以前の話として、実行犯はすでにこちらで捕縛済みだし、彼女たちは君が普段、傍に置いていた友人たちだし、犯行動機は君のためだと証言しているんだが――もしかして、気づいていない、のか……?」

「えぇっ!? それってヤバくない?

 王子様の婚約者って、社交界のトップに立って、派閥の調整とか根回しとか――内助の功っての? するんじゃないの? なのに、自分の取り巻きの動向すら把握してないって……、それってアリなの?」

「いや、母上からは、「かばうつもりはない」と、はっきり断られている」

「ああ、王太子妃として優秀だったら、聖女あたしを虐めた程度の罪は、王妃様の権力で握りつぶせたってことねー……ってことは、もしかして、コレって王様も公認なの?」

「まあ、そうだな。むしろ、父上の許可もなくこんな騒ぎを起こしたのなら、今頃僕は警備の兵に捕らえられて、会場から放り出されているところだよ」


「そうよねー」「そうだよなぁ」と頷きあう二人に、婚約者の令嬢は愕然とした。

 王と王妃という、この国の最高権力者二人がそろってあちらの味方では、『逆ざまぁ』など夢のまた夢――どころか、このまま罪人として人生が終わってしまうではないか。


「なぜ、ですの?」


 自然と口をついて出た、令嬢の声は震えていた。

 そんな元婚約者に、王太子は困り顔で、


「――本当は、僕は今日、死を賜るつもりだったんだ」

「え?」

「君が無実を証明して――そうしたら僕は【無実の令嬢に冤罪を着せ、断罪騒ぎを起こした王太子】として、処罰されるわけだけど、そうすると、そんなトンマを後継者に据えた父上がボンクラだったとして、周辺諸国から侮られてしまうだろう?

 そのせいで国民の生活に悪影響が出るのは困るから、対外的には僕はやらかしたわけではなく、病気のせいで儚くなったから仕方なく、ということにして、裏で毒杯をあおることになるはずだったんだけど――」

「ちょっと、まって! なんで王子様が死んじゃうの!?」

「やらかした人間が責任を取るのは、当たり前のことじゃないか?」

「やらかしてんのは、むしろあっちじゃん!?」

「それがそうとも言い切れないんだ。実行犯たちは、確かに、普段、彼女に侍っていたとはいえ、元々は政治的に敵対する家の者たちで、そうすると傍にいたのは彼女を陥れるネタを探すためだったのかもしれないし、だとしたら犯行動機の「彼女のため」という言葉も、彼女をその家ごと没落させようという策略だったのかもしれないだろう?」

「……それがわかっていて、なぜ? 殿下はわたくしを断罪なさったのですか?」

「『かもしれない』を真実にできるだけのものを、君が持っていると思ったからだよ」


 王太子である自分は――あるいは公爵令嬢である彼女も――市井に暮らす人々よりも多くを許される立場であるために、傍に寄ってくる者には気をつかう。

 それがただの無害な追随者であったり、太鼓持ちであるならともかく、こちらの持つ権力が強いほど、物理的に刈り取りに来る暗殺者であったり、社会的に抹殺しようとする刺客である可能性が高いからだ。

 当然、政敵の家に連なる人間が近くに居て、気づかないなんてことはありえない。


「君は入学当初から今まで、ずっと、彼女たちを傍に置き続けていただろう?

 それはつまり、仮に彼女たちが行動を起こしたとしても、逆にそれを逆手に取って、返り討ちにできるだけのネタを用意できていた、ということなんじゃないのか?」

「まさか。

 親しく言葉を交わすわけでもない、勝手にわたくしの周りに居ただけの者たちですもの。その素性など、気にも留めなかっただけですわ」


 つんと顔をそらし、自分の周りに侍る者たちを【モブ】と言い切るその様は、なるほど高位貴族らしい高慢さにも見えるだろう。

 けれど。


「君のその立場で、そんなふうに無関心でいるのは、ただの【無責任】だよ」

「……どういう意味ですの?」

「もし、僕が傍に置く人間をとしたら、それは自分が負うべき責務を放棄したってことになる

 なにせ僕が利用され、搾取される立場に甘んじてしまった時に失われるのは、僕個人のものではなく、本来なら国民に還元されるべき国の財なのだからね

 そして、それは、公爵令嬢であり、【王太子の婚約者】であった君も変わらないはずだ」


 無辜の民を守る立場でありながら、愚者であるなど許されない。


 まして実行犯となった令嬢たちは、政敵の弱みを探す目と耳になる程度の、公爵家の権力の前では吹けば飛ぶような弱い立場の人間たちだったのだ。ならば、今回のように汚れ仕事をさせたうえで、知らぬ存ぜぬ、自分を陥れるために自分の名前を使って相手が勝手にやったことだ、と切り捨てるつもりで放置していたのだと言われた方が、よほど現実味がある。


「わたくしは、本当に、何もしてはおりませんのよ……」

「――そうなんだろうと、僕も思うよ」


 元婚約者の令嬢は、自身が疑われた際、まず真っ先に王太子サイドによる罪の捏造を疑ってきた。そして、そこに違和感を感じない程度には、二人の仲は冷え切っていたのだ。「嫉妬に駆られて、聖女に害をなした」という主張には無理がある。

 けれど、公平であるべき王家の人間としては、証明されなかった事実を元にかばうことはできない。


「僕は……君を、僕という婚約者から解放するために断罪して、無実を証明する場をもうけたはずなのに。どうして死ぬのが僕ではないんだろう……」


 王太子は無力感に苛まれながら、その場に崩れ落ちた元婚約者を見下ろし、そう独り言ちるのだった。

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