第093話『誰が為に──』
「……──メリア、大丈夫だろうか」
「今更不安に思っても仕方ないと思うけど。それに癪ですが、蓮花さんたちはやれば出来る子ですから」
そんなやり取りを交わしつつ伊織と涼音は、“ケモノ”が出現したと聞く地点へと駆け抜けていく──。
勿論二人共、魔法少女になって、だが。
とはいえ、伊織と涼音は先の警報からある程度の場所こそ分かるものの、流石の二人も正確な位置までは分からない。故に今は、人が逃げ惑う流れから、ある程度の予測を立てる他なかった。
「(──しかし、伊織もかなり様になっていますね。他の新任の魔法少女なんかは、良くてひよっこ扱い程度ですし。……まぁ、歴種の“ケモノ”を討伐した魔法少女に対して、新任は我ながらどうかと思いますけど)」
何だかんだ言って、柳田伊織こと魔法少女グレイは、新任の魔法少女だ。
此処最近の戦闘が規格外過ぎて忘れそうになるけど、それでも“乙女課”内の常識で言えばまだまだひよっこだったりする。
とはいえ、現場は現場で能力至上主義──。
強い者、指揮能力が高い者が上位として君臨する、ある意味偽りの民主主義とは異なる完全実力主義である。
故に、伊織に少し甘い涼音自身もそうだが、なんだかんだ言って新任だからと言って疎んじられる事はない。
もっとも、伊織自身もそうだが、実力があればの話だが。
『──此方“乙女課”、至急折り返しを求む』
「──はい、此方魔法少女アーチャー及び魔法少女グレイ」
『了解しました。現場は一階の大広間。そこでは先に他魔法少女が戦っているそうで、応援をお願いいたします』
「──了解です。それで“ケモノ”についての詳細を──」
「──涼音っ!!」
『──亜ァァァ!!』
“ケモノ”による奇襲──。
おそらくは、先の“乙女課”からの通信とは、また違った個体に違いない。
だが、真偽どうでも良い。
しかして、通信に意識を傾けていなかった伊織は、その“ケモノ”の奇襲を防ぎ切るが、その代償はあまりにも大きかった。
「──っ伊織!?」
「先に行ってろ。後から追いつくし、──この程度私の敵じゃぁない」
奇襲を仕掛けてきた“ケモノ”と相対する伊織──。
対処して切り返したが、その堅牢な甲殻を両断する事はなかった。体勢が悪かったとはいえ、伊織自身が両断出来なかったというのは、相当な堅牢さと言えるだろう。
しかし、問題ではない。
その冷めきった瞳は、確実にその“ケモノ”の息の根を止める事だろう。
「……──ご武運をっ」
/8
再度駆け出した涼音の足取りは、先と変わる事はない──。
涼音がおかしいのではない、伊織がおかしいのだ。
「……──いた」
大広間から、涼音は見下ろし、その標的を目視した。
そして、間髪入れずに跳躍──。
その涼音の体は、重力に従って、そのまま落下をしていく。
無防備な体躯。体を撃つような風。
しかして、涼音はそれを気にするような素振りなんて全くなく、手にした弓に矢をつがえる。
奉るは、武神──。
しかして、放つは涼音自身であるのだ。
《黒澤流弓術、黒天雨》
つがえた矢は、その全てを目の前にいる“ケモノ”へと命中させた。
響き渡る悲鳴と吹き出る血飛沫──。
だが、それでもまだその体を動かすのだから、かなり頑丈な部類に入るであろう“ケモノ”だ事で。
「……──大丈夫ですか?」
「えぇ大丈夫です。助太刀感謝いたします!」
「……ところで、その子は」
「……生き残りです。ですが、もう両親はもう」
先に戦っていた魔法少女を横目に、涼音は周囲の状況を把握する──。
残りの“ケモノ”が残り5体いて、その全てが乙種と甲種。歴戦の魔法少女である涼音にとって、特に問題のない相手でしかない。
しかし、此方はハンデを背負っている。
子供をかばいながらの戦闘。その上当子供とやらは、恐怖で取り乱しているらしく、いきなり暴れ出したりと、不安がかなり残る。
流石の涼音とはいえ、ある程度実力を知っているその魔法少女と共に勝てるとは、正直言いきれなかった。
「──その子の護衛を任しても良いですか」
「──っ! 分かりました!」
「──っ」
頭が痛くなる戦いだ──。
正直涼音は、正面切って戦う魔法少女ではない。
たとえ、不幸やしょうがない展開から態々正面から戦う場面があったとしても、基本涼音は後方支援に徹するのが普通だ。
だがそれ以上に、涼音の頭痛は増すばかり。
原因が分からない以上、さっさと短期決戦に、目の前に立ちふさがる“ケモノ”を討伐するに限る。
『唖ァァァ!』
「──っ、その程度っ!」
“ケモノ”等の先手は、涼音の目の前を空振る事から始まった。
バックステップで咄嗟に回避行動をしたが故に、涼音の前髪がただただ揺れるだけ。
だが、“ケモノ”の猛攻が止む事はない。
一発一発は大振りで隙なんて探せば適当に見つかりそうなものだが、それを埋めるのが数の差。
“ケモノ”が隙だらけの状態であっても、反撃するのは愚の骨頂と言えるのだ。
《黒澤流弓術、一矢》
ならば、その隙を生み出せば良い──。
そう云わんばかりに、涼音は回避行動と共に、一射を放つ。
勿論、その一射は軽く止められる。甲種であれば、この程度の稚拙な攻撃は、簡単に対処されるというものだ。
そしてそれが、チームワークを維持して襲撃してくる。
先ほどまで、魔法少女が苦戦していたというのも分かるという話だ。
「──ですがそれは、ボクでなければ、の話ですが」
だが、悲鳴もなく“ケモノ”は倒れる。
一射目に隠した二射目──。
涼音の十八番だ。
たとえ、一射目をどうにか防いでも、その二射目が確実に当たる。
そして、涼音の技量を以ってすれば──。
『──唖ァァァ!』
「──造作もない事です」
《黒澤流弓術:派生、戦艦貫》
その二撃目は、鋼鉄の装甲すらも貫く一撃──。
そして、涼音の言う通り、複数体を纏めて大きな風穴を開ける事は、さして造作もない事だ。その上で壁すらも貫通して消えていくのだから、その威力と貫通力はとてつもないものだった。
「(──少し、急ぎ過ぎてますかね)」
だが、そんな戦艦すらも貫くであろう一撃。その代償は、あまりにも大きかった。
──血の滲む右手。
しかして、問題ではない。
──ずきっ。
「──えっ」
「──っ!?」
涼音がそう声を出すのも無理ない。
確かに、代償を追ってしまったが、戦闘続行には問題ない負傷でしかない。痛みだって、長年の慣れでこれくらい我慢できる筈だ。
しかし、その鈍痛は涼音も知らぬ事──。
果たしてソレは、涼音でさえも動けなくなるほどの痛みだったか。
『──菟唖ァァァ!』
「──っ!」
その致命的なまでの涼音の隙を、たとえ“ケモノ”であっても見逃す筈もない。
背後から、声もない悲鳴が聞こえる──。
だがきっと、此処に伊織がいたら溜息混じりで見守っていただろう。
──この程度の隙、涼音の元では然したる意味は存在しないのだから。
「──1、2、3っ」
“ケモノ”の腕を登るようにして涼音は掛けると、反対の手による反撃よりも先に、彼女は甲冑術めいた一撃を以ってして、その殴りかかってきた“ケモノ”の首をへし折った。
そして、倒れ伏す“ケモノ”から、飛び上がる。
見下ろすは、二体の“ケモノ”。
しかしてその“ケモノ”は、予想外の動きをした涼音の姿を捉える事は叶わず、その頭部に二本の矢を受けてしまう。
「──4!」
そして、着地をした涼音は、すぐさま次の動きへと移る。
低空移動からの足を狙った一撃──。
その一撃を以ってして動けなくなった“ケモノ”は、その頭部を血だまりの床へと落ちる他ない。
「──っ、これで最後っ!」
“ケモノ”の一撃を回避した涼音は、その上で相手の背後を取る。
そして瓦礫の残骸の上を滑りながら放つ一撃は、斯くてソレを地に伏せるのだった。
「──す、すごい」
これには、先ほどから子供を守っていた魔法少女も、驚きを隠せない。
別に彼女だって、時間を掛ければ、目の前にいた“ケモノ”の集団を倒す事は造作もない事だった。
だが、時間が掛かるという事は、それ相応の隙を何度も晒す羽目になる。
特に、守っている相手が子供だった場合、戦場のストレスから何時暴れ出すか分からないから。
「……大丈夫?」
「……──あ、ありがと」
だがそれ以上に、彼女は涼音の手際の良さに釘付けとなった。
相手の攻撃が当たらないよう間合いはかなりしっかりと取れるし、そもそも無駄撃ちが存在せず、その一撃一撃は確かな決定打を保有している。
片や、彼女自身はどうだろうか。
確かに子供を守り切っていたが、それは決定打がない証拠でもある。
間合いに関しては盾持ち故に近めになってしまうし、攻撃の一部は牽制が多め。決定打も碌にない状況だった。
「……」
だからこそ、不甲斐なさが唇を切るほどのくやしさしか感じていないのだ。
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お疲れ様でした。
感想やレビューなどなど、お待ちしております。
遅くなってしまい、申し訳ございません……。(二連ちゃん
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