第094話『──自分のために生きる事』

「……──」


 涼音は、息を整える。

 目の前には、人類の敵たる“ケモノ”で構成された屍山血河。

 その中で、涼音は一人立っていた。


「──お二人共、大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうございます」


 血の海に佇む鬼に、用などはない。

 涼音は一息つくと、下がっているように伝えていた件の魔法少女と少年の元へと足を進めた。

 正直言って、涼音はあまり防戦を得意としていない。遠距離攻撃を得意としていても、攻め意識が強い塩梅だ。

 だが、そんな涼音の心遣いも、如何やら杞憂の類であったらしい。

 涼音がそんな二人に視線を向けても、そこには“ケモノ”の血飛沫が瓦礫と化した床に散らばるだけ。当の二人は、おそらく大盾を構えた件の魔法少女がどうにか防ぎ切ったらしい。


「そうですか」

「──それよりも、は大丈夫なんですか?」

「さっきの、とは?」

「いえ、戦っている最中、苦しそうに胸を押さえていましたから」


 そんな、二人の元へと訪れた涼音に待っていた事実は、少しだけ身に覚えがないものだった。

 確かにあの瞬間、何かと分からぬ痛みに襲われた事は事実だ。

 しかし、その痛みの正体を、当の涼音自身は知らない事である。

 痛みに耐える訓練を積んできた涼音としては、たとえ骨折程度ですら動けるし、致命的な鈍痛さえもある程度の時間を要すれば問題ない筈だ。

 だがしかし、

 その正体を知らぬという事は、今後の涼音自身の戦いに大きく影響しかねない。


「……──分からない」

「分からない……。もしかして、さっきの戦闘で骨折をしたとか」

「冗談。あの程度の戦闘で骨折する事なんてまずないから」

「ご、ごめんなさい。無神経でした」


 しかし、原因が分からない以上、今は放置しておく他ない。最悪、“乙女課”関係の病院にでも行って、精密検査を受けてみるのも良いかもしれない。

 そして涼音は、話の話題を変えるためにも、さっき見かけた少年に対して話題を変えてみるのだった。


「──ところで。そっちの子供は大丈夫なんですか?」

「えぇ。貴女のおかげでどうにか大丈夫です」

「そう。──名前は?」

「私の名前ですか? 魔法少女名は、“ホワイト”ですが」

「ボクの名前は、魔法少女アーチャー。ホワイトさん、のです」


 そう、少年が生き残ったのは、彼女──ホワイトが守り抜いた故だ──。

 その事を、涼音自身に押し付けられても、ただただ嫌な気分になるだけ。

 少なくともとしては、マイナスを通り越して最悪な気分だ。

 さっさと、伊織の手助け──いや、拾って帰った方が良いのだろう。



「──うわああああぁぁぁぁ!」



 本来、気にしない事。

 こうした戦場の跡地で、両親など親しい人を亡くした子供は、そう珍しいものでではない。

 何せ、そういった子供を保護するための孤児院が存在しているものだ。そういった戦争孤児に事欠かないのが現実と言えるだろう。



「……」



 感傷がある訳でもない。

 何度も戦場に立ってきた涼音にとって、慣れ親しんだ光景だ。

 可愛そうだとか親切にしてあげようとか。

 そんな事を一々抱いていては、身が持たぬというものだ。



「──おとぉぉぉぉさぁん!! おかぁぁぁぁさぁん!!」



「……」



「──うわああああぁぁぁぁ!!」



「……」



「──よぅ。す──魔法少女アーチャー! こっちは終わったから、さっさと──帰──ろう──……」



 そんな何とも言えぬ空間に、清涼剤とも言えるだろう人物がそこに現れた──。

 柳田涼音という人物。

 しかし、それと同時に柳田伊織という人物は、


「……──さっきの“ケモノ”に知り合いでも襲われたのか」

「残念ですが」

「そう……」


 興味なさげだった伊織が、今も泣きじゃくる少年に向かって足を進めた。

 涼音の予想とは外れ、伊織はそんな少年に興味を持ったのだろうか。

 そんな訳全然なくて、を涼音はただ見ている他ないのだろう。



「……──何を泣いている」



 それは、慈愛の類のそれではない──。

 シオリの、今なお泣き続けている少年に向ける視線は、何処まで行っても無機質。人を慰めるという行為とは無縁そうな声色で、彼女は語り掛けた。


「──だぁって。お父さんとお母さんがぁ!」

「それで。そこで泣いているだけで、一体何になるっていうんだ」


 事実だ。

 どれだけ綺麗事を並べても、泣いているだけでは何も解決はしない。

 誰かが助けてくれるなんて夢物語に過ぎなくて、結局のところ自分で何とかする他ないのだ。


「で、でも。お姉ちゃんたちが助けてくれたし……」

「あぁその通りだ。私は周りの“ケモノ”を殺しに行ったし、この二人はお前を助けた。だが、私たちは

「……」

「これは私たちにメリットがあるから行う事だ。決して無償の救いではない」


 嗚呼、そうだとも。

 伊織も涼音も、魔法少女になる事によるメリットの元、こうして日々“ケモノ”と戦っているのだ。実際、こうした目的の元魔法少女をやっている人は、かなり多いと言えるだろう。

 確かに、誰かのため──そう例えば『笑顔』のためだとか言っている奴は、大概イカレているか、碌でもない奴と相場が決まっている。


「──ちょっと、そこの貴女! 何してるの!」


 だが、そんなイカレているか、碌でもない奴か。

 そんな魔法少女が、奇しくも此処にはいた。


「何って、お話を……──」

「何処がお話ですか! こんなにも怯えて……。両親を亡くしたんですから、少しんじゃないですか!!」


 その魔法少女ホワイトの言う通りだ。

 感情面や人道面から見てもその通りな上、精神面──精神疾患なども含めれば、魔法少女ホワイトをそれでも否定する材料は何処にもない。

 その上で、柳田伊織という人物は、下劣な存在ではないと、伊織をよく知っている涼音はそう思うのだ。


「──はぁ!? 優しくー!? お前、コイツを何処に連れていくつもりか、分かった上で言っているのか!?」

「えぇ! “特別孤児院”ですけど。きっとその施設は、貴女みたいな粗暴で他人の気持ちを考えられない人なんていないと思いますけどね!」


 その言葉を聞いて、先ほどまで魔法少女ホワイトに詰め寄っていた伊織が、何故かその場を離れる。

 その表情は、諦めにも似た失望が入り混じったものであった。

 そして伊織は、魔法少女ホワイトから今なお泣きじゃくる少年へと足を進める。


「──話聞いてた!? もう彼に話し掛けないでって言っているでしょう!!」

「一言だけだ。これ以上近づく事もないし。何ならお前が私の一言が気に入らなかったら、その拳で私を殴ればいい」


 そんな伊織の言葉を聞いて、魔法少女ホワイトは無意識に握りしめていた自らの拳を見下ろす。

 そこからは、血が滲んでいて、そうそう簡単に解けそうにない。

 そして伊織は、泣きじゃくる少年の目線の高さを合わせて、一言こう呟いた。




「──結局、お前を救えるのは、お前自身だけだ」




 その瞬間、伊織の意識は衝撃を以ってして暗転するのだった。



 /9



「……」


 伊織は、何をするでもなく、ただ青空が見えるベンチで空を仰いでいた──。


「──伊織。大丈夫ですか?」

「あぁ大丈夫だ。それと飲み物ありがとな」

「いえいえ。それと、お駄賃は受け取れないですから」

「──いやいや。頑張った人には、それなり以上の対価を受け取るべきだろ」

「いえいえ。これはボクの好意ですから」


 と、そんなやり取りが少しばかり続いた。

 そして最終的には、伊織が強引ではあるがお駄賃を渡し、対して涼音はそのお金で飲み物を買ってくるのだった。


「……──伊織。さっきはありがとうございます」

「……ただ私は、見ず知らずの子供に文句をぶつけているだけだ。貶される事はあれど、感謝や褒められたものではないさ」

「ですから、ボクが伊織に感謝します」

「だから、感謝される筋合いはないからな。そもそも、涼音だってあの子供と碌に関係なんてないでしょうが」


 両親を失った幼き少年を、当の伊織はその胸倉を掴んで持ち上げ、そして強い言葉攻めにした──。

 褒められたものではない。

 むしろ、これが世間に露呈でもすれば、罵詈雑言と誹謗中傷の嵐が伊織の体を傷つける事だろう。

 しかし、それでも涼音はそんな伊織を褒めた、感謝をした。

 その理由は、なのだから。




「──? かつて、特別孤児院に連れて行かれそうになったボクを思い出して」




 そう、伊織は世間一般では慈善事業として活動している、“ケモノ”の襲来などで誇示となった“特別孤児院”にあの少年を送りたくなくて、あそこまでの罵詈雑言を投げかけたのだ──。

 “特別孤児院”は表向き、慈善事業として活動している。さながら現代に現れた聖母のように、日々そこで繰り広げられている慈愛に満ちた行為を、国内の数多のマスメディアが報じている。

 だが、伊織と涼音は知っている。

 あれは、だと。


「……──何の事だか。だが、そんな事も随分と前になったもんだな」

「まぁ、そういう事にしておいておきます」


 “特別孤児院”の正体は、ある種のの類であった。

 身寄りのない少年少女を集め、厳しい教育をさせて立派な奴隷として仕上げて売買をする。

 そしてその用途は様々で、何処かのお偉いさんの愛玩奴隷から、低賃金無休で27時間以上働ける企業ゾンビの類まで、かなり幅広く扱っているのだ。

 おかげで、そもそも権力的にそれを摘発する事は不可能で、もしも摘発して解体などすればこの国は根本的から崩れ落ちるだろう。

 故に、ネットなどで噂になっても、誰も触れやしないのだ。


「──伊織、さん。ありがとうございます。ボクを助けてくれて」


 先ほどの原因不明の正体を知れた涼音は、ありがとうと、そう微笑む──。

 あの時感じたのは、あの少年とかつての涼音は、何処か似ているのだ。

 もしもあの時、涼音は伊織に助けて貰えてなかったら、人間不信になっていただろうし、こうして学校にすら通えてないし。



 ──誰かに対して、こうして感謝を言わなかった筈だ。



「……──いや、あの泣きじゃくっていた餓鬼と涼音は違うさ」

「……」

「一歩踏み出せずに泣いていた餓鬼と、それでもと一歩を踏み出した少女では、全然違うものさ」


 その伊織の言葉は他愛のないもので、それでも確かに胸の内に響いている。

 だからこそ、涼音と伊織はパートナーと呼ぶのだろうか。



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