第092話『貴女は誰だ──』

 そんなこんなで、伊織たち五人でのショッピングが始まった──。

 さて最初は、カレンの提案で服飾店に行く事になったらしい。

 だが、一緒に色々とショッピングをすると言っても、意外にも服装に頓着をしない涼音や、特にいつも同じ着流しを着ているような伊織等は、残念な事にあまり気乗りしていなかった。

 という訳で、蓮花のナイスアシストにより、一人一人似合う服を着させていくという、ある意味伊織を逃がさないための包囲網が奇しくも出来上がっていたみたいだ。


「──えっと、こんな感じの服って、似合ってます?」

「似合ってるよー」

「似合ってますねー」

「だったら二人共、もう少しマトモな服を持ってきてくださいよ!? 何ですかこれ! 浴衣とゴスロリって!!」


 試着室のカーテンが開くと、そこには柔らかく甘めな、そして可憐なワンピースを着る蓮花の姿がそこにはあった。

 所謂、フェミン系というものだろうか。確かに、男性受けしそうな服装ながら、他者への配慮をしたその上品さ。

 しかし、そんな十人いれば八人は振り返るであろう着飾った姿な蓮花の両手には、何故か浴衣とゴスロリ服をハンガーに通したまま抱えていた。おそらく、そもそも着なかったのだろう。

 ちなみに、浴衣を選んだのは伊織であり、ゴスロリ服を選んだのはカレンだったりする。


「えーっ、そろそろ夏休みで夏祭りだし、浴衣の一着ぐらいは持っておいた方が良いと思うけど」

「ぐっ!? それは確かに。でも今は服を持ち寄るって話な訳で、私買いませんからね!!」

「……ふふっ。ゴスロリも、着てみたら、どう、ですかっ」

「カレンさん、絶対に笑ってるでしょそれ!?」


 ちなみに最後は、今着ている涼音の選んだワンピ―スを買う事にしたらしい。

 涼音は案外、着ている服とか適当な節があるのだが、こうして目利きに関してはかなり鋭いらしく、かなりたちの悪い話だ。


「──えっと。蓮花さんが会計を済ませている間にちゃっちゃと済ませたいのですが。何ですかこれ、子供用の体操服とベレー帽って。てか、売ってるんですね」

「私たちが「選びましたわー!」」

「……どうせ、伊織の悪ふざけに乗った感じでしょう、ねっ!!」

「アッパーは駄目だってアッパーは!?」


 まるで、茶化した年上な女性に対して、その茶化された本人が反撃をするという、傍から見れば微笑ましい光景。

 だが実際のところ、涼音の拳による一撃は、その体格からは考えられないほどの威力を叩きだし、少なくとも大の男性をも昏倒させるほどだ。事実、伊織が回避しなければならないほどには。


「──何か涼音が買いに行ってるんだが」

「「……」」

「おい誰だ! チャイナ服と水着って! その上、水着の片方紐じゃねぇかっ!? テメェ等馬鹿じゃねえのー!」


 そんな訳で、涼音がフレイメリアが持ってきた実用的な服を会計に持って行っている間に、今度は伊織が着る羽目になった。

 勿論、伊織はあまり気乗りしていない。

 とはいえ、仲間同士の遊びを拒否するほど、伊織とて今日のショッピングを楽しみにしていないという訳ではない。(勿論、過度なものは断固拒否)

 だが、これは一体何だ──。

 生太ももが見えるほどのチャイナ服に、これからの夏に必須な水着。その上伊織の言う通り、片方は紐だと言う。


「お姉ドンマイです」

「ドンマイって言うならな、もっとこう実用的なものを持ってこいよ! 何だよ、この可愛らしいの!」


 ガチギレ挙句に赤面──。

 きっと、この場に集まった最近出会った蓮花から、先ほど会計から帰ってきたそれなりの付き合いな涼音ですら見た事のない、初めて見る伊織の赤面した取り乱した姿なのだろう。

 その上、義妹であるフレイメリアからの可愛らしい服装という、追撃を喰らう羽目となってしまう。


「……そう言えば伊織さんって、かなりスタイル良いですよねー」

「まぁ胸はないですけど」

「でもそこがチャーミングじゃないですか」

「ちなみに、お姉は胸はないですけど、案外他のスタイルは良いですから」

「「何ですと!?」」


「……おいお前等、さっきから聴こえてるからなー」


 そんな訳で伊織は、蓮花の持ってきた水着を買う事にした。

 確かに、前に涼音と一緒に学園用の水着を買いに行ったのだが、今回のは遊び用。そう思う事するのだった。


「──ねぇ」

「フレイメリア可愛い、可愛いよーっ!!」

「さっきからお姉五月蝿いんだけど」

「うちの義妹は最高に可愛い……」


 そして、何故か白いワンピースを着たフレイメリアと、その周りで写真を撮りたそうにうずうずしている伊織の姿──。

 うちの義妹は最高に可愛いというだけに、確かにそのフレイメリアの姿は、十人が見れば十人が振り返るような姿だった。


「……ねぇ助けて」

「いやぁちょっと無理ですね。だって可愛いんだもの」

「だったら、そこの赤髪の彼女っ!」

「うん。伊織さんの言う通りは癪ですが、駄目ですね可愛いですね」

「味方が誰もいない!?」



 /7



「──ホント酷い目に会った」


 伊織のその言葉は、確かにこの場でお茶をしている彼女等の心の中を表していた。

 とはいえ、その着せ替え買い物が面白かったのは言うまでもない。

 事実、彼女等の持っている買い物袋には、色とりどりの服が詰め込まれているのだった。


「……しかし、ここのお茶はかなり美味しいですわね」

「不満?」

「えぇ、少し。ただ、何処かで味わった事のある味です事」


 かなり高価なものから庶民にも親しんだものまで──。

 高価なものしか知らず、味を理解しているカレンがそう言うのだ。

 少なくとも、テレビでコメントをする奴等よりも信頼のある話だと、カレンの事をよく知っている伊織は思う。

 とはいえ、カレンにそれ事を言うものなら、きっとカレンは狂喜乱舞する事だろうし、伊織は口チャックを行った。

 しかし先ほどから気になっているのだが、この紅茶を淹れた人物に、伊織は何処か心当たりがある。


「やぁやぁ。マスターだっ!!」


「……──やっぱりお前か」


 と、厨房の奥から伊織とカレンには見覚えのある人物が奥から現れた。

 マスター──。

 伊織とカレンが前に行った事のある喫茶店の壮年の店長が、そこに現れた。


「……こちらの方は?」

「あぁそう言えば、蓮花と涼音は知らなかったな。紹介しよう、マスターだ」

「どうも、マスターです。どうぞお見知りおきを」


 そう、マスターと名乗った喫茶店の店主は、自らの名を名乗るのだった。


「──そう言えば喫茶店の方は大丈夫なのか?」

「あぁそれね。此処の喫茶店の店主に新規開店の応援を頼まれてさ。ほら、俺ってば顔が広いからさー」

「どの口が言ってんだ。広いのは顔じゃなくて、だろうが」

「言うねー」


 と、そんなマスターと伊織との会話を、伊織には初めて会う訳じゃない事を明かしていない蓮花は聞いていた。

 ──蓮花には、伊織の事なんてまるで知らない。

 頼りになる人であり、親しい知人であり。

 その実、蓮花は伊織の事を知らない──。



『──ケモノ警報発令。危険度は【A】 。場所はアズサ・ショッピングモール。近くにいる人は、至急シェルターに避難してください』



 それが、突如として響き渡った。

 そして、放送で伝えられた“ケモノ”の発生した場所は、伊織たちもよく知っている──知っている以上に、なのだから。


「──涼音っ!」

「えぇ分かっているのです!」


 そして、放送がショッピングモールに響き渡る中で、一番に動き出したのは戦闘経験が多い伊織と涼音だった。

 とはいえ、この場でいきなり魔法少女となる訳にはいかない。

 だが、この休暇を楽しむべく人々が集まるショッピングモールに出現したというのは、それは一刻も争う危機的状況なのだろう。

 だからこそ、その即決即断は流石伊織と涼音というべき。


「──伊織さんっ!」

「あぁ、お前等はフレイメリアを連れてさっさとこの場を離れろ!」

「しかし!」

「正直蓮花さんにも手伝ってほしいが、今はフレイメリアの方が大事だ。二言は言わないからな!」


 その言葉と共に伊織と涼音は、この場を離れていく──。

 そして、その場に残ったのは、蓮花自身とカレンとフレイメリアだけ。

 しかし、先の伊織と蓮花が会話をしている最中にその件のマスターは何処かに行っているらしいが、おそらく逃げたのだろう。


「──もう少し私を頼ってくれても良いですけど」

「それ以上の事を頼まれましたから、十分頼りにはされているでしょう」


 伊織とカレンそしてフレイメリアは、この場を離れていく。

 伊織もそう頼りにされているとは言ったが、事実カレンんと同じ思いだ。

 ──頼りにされたい。それは手伝いだけではなく、共に歩む仲間として。


「(──伊織さんの義妹のフレイメリア。確かに義妹ですけど、その)」


 確かに、他者──それこそ親愛なる家族ならば、気に掛けたり大事に思ったりと様々だ。

 だが、あの時の伊織の表情が、伊織には忘れられない。

 所感ではあるが、あれは家族に向ける感情だろうか。

 甚だ疑問ではあるが、それでも誰かにとっての悪いものではない。

 そう理性では理解しているが、どうにも本能らしきものが彼女──フレイメリアに対して疑問を抱き続けているのだ。

 だからこそ、蓮花は伊織に対してのだ。

 


 🔷 🔷 🔷 🔷



 お疲れ様でした。

 感想やレビューなどなど、お待ちしております。

 あと、遅くなってすみませんー!!

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