第091話『アイドル活動“アッシュ・ザ・カルテット”』
日が差し込む──。
今日は夏日らしく、歩いている人々の額に汗が滲んでいる。
そして当の伊織とその妹であるフレイメリアは、何も訳もなくこの日差しがキツイ中を歩いている訳ではない。
用があったから──。
ちなみに、最初は伊織だけが呼ばれたのだが、フレイメリアの予定が開いたため、若干強引ながらも伊織自身が呼んだのだ。
正直な話、呼んでくれた涼音たちこそ歓迎の意を示していたが、それでも頭が上がらない思いでもある。
「……──さて。流石に今日は少し暑いな」
「あ、暑い……」
「言うな。余計に暑くなるだろうが」
とはいえ、目的地にたどり着いた伊織とフレイメリアは一息つく。
その度に、汗が引いていくのを感じる。
伊織とフレイメリアの目的地──前に蓮花との話で話題となったショッピングモールの扉を潜り抜けたのだ。
アズサ・ショッピングモールと言うらしい──。
この大型施設たるショッピングモールの内部で設営されているのは、日用雑貨売り場から食事処。果ては、喫茶店もあるらしい。
ちなみに、前に伊織が下見に来た時にその件の喫茶店でお茶をしたのだが、それほどではなかった。少し残念な思いだ。
「確か涼音の奴が3階に集合って言ってたよな」
そして伊織は、何度か乗り換えたエスカレータから降りて、遊歩道を歩きだす。
ウィンドウショッピングをしている人々が、目に付く。おそらく、伊織の同じように休日を楽しんでいる事だろう。
「──あ、伊織。おはようございます。それと、フレイメリアさんですね、おはようございます」
「──あぁ、おはよう、涼音」
「……おはよう、ございます」
何やら文庫本に目を落としている涼音の姿──。
そして、歩いてきた伊織に気付いたのか、その何を考えているのか分からない視線を向ける。
「……今日は着流しじゃないんですね。てっきり、いつもの感じなのかと」
「あのなぁ。私だって身だしなみぐらいは気を使うぞ」
「──と、お姉は言ってますが、私がやりました!」
「フレイメリアさん。グッジョブです!」
咄嗟の嘘をすぐさまばらされた伊織は、少し溜息をつきたくもなる。ただ所謂横目で、フレイメリアと涼音とがお互いの服装を見合っているのを眺めつつではあるが。
伊織は、涼音の読んでいる本が気になっているところはある。
だがそれ以上に、気になっている事があるのだ。
「──ところで、さっきから何聞いてるんだ?」
「……──『ラフティング・ゲッタン』」
なるほど──。
如何やら、曲名からの第一印象による想像ではあるが、奇々怪々か或いは魑魅魍魎じみた曲だ事で。
♦♢♦♢
「──確か、此処の3階でしたよね。まさか、涼音さんが此処を知ってたなんて。もしかして、伊織さんが話たんでしょうか?」
見覚えのある、聞き覚えのある建物──。
しかして、こうしてこの新設されたショッピングモールに入るのは、蓮花にとって初めてである。
興味がないと言えば嘘になるどころか、蓮花は内心興味津々だ。
だがそれ以上に、こうして初めて五人と一緒に買い物をするという行為に少し期待しているのだ。
「──あ、こっちですこっち」
と、ふと聞き覚えのある声が掛けられた。
そして、蓮花が声のした方向へと振り向くと、そこには蓮花を呼んだ張本人である涼音の姿がそこにはあった。
手には文庫本を抱え、暇をしているのだろうか。
ただ、一人きりみたいだから、如何やら蓮花自身が二番乗りらしい。
「──カレンさんたちはまだ来ていないんですか?」
「? いえ、もうみんな来てるけど。ちなみに蓮花さんは一番最後です」
「えっ、私が最後ですか!?」
まさかまさかの、二番乗りだと思っていた蓮花自身、実際のところ今日のメンバーの中で一番最後だったらしい──。
確かに蓮花自身、折角の五人でのショッピングという事で、出かける直前まで服装を選んでいたという事は自覚している。
しかしそれでも、集合時間五分前には着くように心がけていた筈だ。
実際、蓮花が涼音のいる待ち合わせ場所にたどり着いたのは、集合時間の五分前どころか十分前である。
だが実際は、如何やら蓮花自身が一番最後みたいだ。
「別にそこまで気にしなくていいですから。あの三人、かなり楽しみにしてましたから」
「楽しみ、……ですか?」
「えぇ。まぁカレンさんは兎も角として。特に伊織とか、今日は着流しとかじゃなくて、結構洒落た服でしたし」
確かに、蓮花が伊織を見かける時は、基本的にその所謂着流しというやつと聖シストミア学園指定の制服だったりする。
伊織自身の好みの話か、はたまたそれしかなかったのか。
真偽はどうであれ、蓮花が初めて見る伊織の私服を気になっていないと言えば嘘になるだろう。
「(──いや、みんなの私服あんまり知らないけど)」
そう思いつつ蓮花は、目の前で此方を見上げている涼音の姿が目に入る。
どう見ても上質な布地を使用しているワンピースが、涼音が足を動かしたり手にした文庫本のページをめくる度に、可憐にはためく。
所謂、フェミン系なのだろうか──。
確かに涼音は、正直な話伊織やカレンよりもモテそうな正統派美少女であり、それこそこうして通り過ぎていく男性等の視線を釘付けしている事は蓮花も把握している。丸わかりなのだから。
だが、それはファッションによる相乗効果である。
涼音が身だしなみなファッションに力を入れているからこそ、こうして同性でありながらも魅力的に映るのだ。
「──ところで、他の皆さんは? 確かもうみんな来てるって言ってましたけど」
「そうでしたね。ただ伊織たちもそう簡単に辞められないらしいので、少し待ってくれるとありがたいです」
「辞められない、ですか?」
辞められないとは、また難儀な事で。
確かに蓮花も、こうした待ち合わせの時間まで時間を潰した経験はあるが、そういった時は喫茶店でお茶をしてたりしていた。残すのももったいないし、相手に対しても失礼という事で納得のいく話だ。
だが、辞められないという事は、その伊織たちの時間つぶしは、如何やらある種の行為らしい──。
「──口でどうこう言うよりも、見て貰った方が早そうですし。所謂、百聞は一見に如かずという奴です」
そう言って涼音は、向こうを見た。
先ほどから、何やら向こうが騒がしいと思っていたのだ。
大量に集まった不特定多数の人たち。だが彼等は、同じ目的を持った同士であり、その目の前の起きている出来事に盛り上がっているみたいだ。
そして、照らされるステージ上。
如何やら、何かしらのライブ系なイベントをステージの上で行っているらしい。
「──えっ!?」
だが、そんな思考も、ステージ上で歌っている彼女を見れば、砂塵の如く何もかもが消え去るだろう。
何故ならその彼女は、蓮花の知り合い──今日一緒に買い物をすると約束をした彼女、その本人なのだ。
「伊織さん。何やってんですか」
「──Are you レディ?」
壇上に立つ伊織の姿は、如何にもなアイドル衣装だった。
しかし、アイドル衣装と言っても所謂けばけばしい類のものではなく、可憐で上品な質感。それを着ている伊織たちに似合うように設計されているらしく、きっとそのアイドル衣装を作り上げた者はさぞ腕に自信を持つ人なのだろう。
そして、伊織の横には、他二人の女性が歌っていた。
その皆は、所謂アイドルを今までテレビ越しでしか見た事ない蓮花自身であるが、それでも他と一線を越すというか別ベクトルというか、少なくとも目に留まって離さなかった。
「──たとえ君が灰色になっても♪ 私はきっと離さないから~♪」
そして、伊織も伊織だ──。
何処で考えた振り付けか知らないが、それでも伊織自身等の魅力を最大限に引き出そうとする、その意図が伝わってくる。
人を引き付ける才能──。
嗚呼、伊織も見ているとよく思うのだ。
たとえ、皆を扇動する場面であっても、こうした畑違いなアイドル活動?とやらでも、その輝きが曇る事はないらしい。
「……そしてカレンさん。一体何処からペンライトを持って来てるんですか」
そして、カレンの姿は何処かと蓮花が探していると、案外すぐに見つかった。
群衆の中。本来ならば分かりにくい場所なのだが、カレンの気高さというか雰囲気というか、所謂人とは違う雰囲気が一目に付くらしい。普段は少しだけ鼻もちが悪いと思っていたのだが、こういった時には役に立つみたいだ。
「──伊、
ただ、そこまでのキャラ変は求めていなかったりする。
♦♢♦♢
「──この度は、ホント申し訳ございません」
「うちのお姉が大変ご迷惑をおかけしました」
場面は変わって。
腰を曲げ、謝罪をするフレイメリアの姿。
それと、床で所謂土下座をしている伊織の姿。
しかし、流石にそこら辺は意識しているのか、先ほどまでのアイドル衣装ではなく、ジャージ姿になっていた。如何やら、先のアイドルオーディションの前に、急遽買ったものらしいのだ。
「──ところで。さっきから気になっていたのですが、アイドルオーディションって人前でやるものでしたっけ?」
「まぁ涼音の言う通り、基本的に事務所とかでやるものだからな。ただ今回は、飛び入り参加オーケーの、一般人から募る形だったけど。──所謂博打だな」
一般飛び入り参加オーケーのアイドルオーディション──。
流石に、物好きが主催していたとしても、それはあまりにも博打過ぎる。事実、伊織たちも含めた参加した彼女たちは、軒並み不合格の印を喰らっているし。
正直な話、まだ後ろめたい思惑があった方が、自然な話だ。
「博打と言いつつ、あと少しで合格だったのがおかしいんですけど」
「ん? あぁ余興程度の催しっぽかったから私たちも参加した訳だが、まさかアイドルオーディションに合格するなんてな。割と、この可愛いフレイメリアを全国区で知らしめるためのアイドル活動アリだったか?」
「……──他のメンバーは一体」
「ただの知り合いだ、ただの。片方は性別不明で、もう片方は自称売れないバンドマンらしいけどな」
実際、伊織たちの不合格は、何も技術や人を引き付ける才能云々の話ではない。もしそれが原因だったとしたら、蓮花たちはテレビなどに映る現役アイドルに対して、疑心感を持たざるを得なかった。
だが、その過程は違う──。
まぁ、結果だけを言うと、その性別不明な彼女が大暴露をした挙句、そのまま大炎上からの爆発四散といった感じであり、よく解散や引退をするアイドルの話に近い。
とはいえ、伊織も本音では合格通知を受け取るなんて事なかっただろう。
その真偽や目的はどうあれ、案外綺麗な着地をしただけに、蓮花もこれ以上の文句や追及をするつもりはなかった。
「──ところで。貴女は?」
と、話の矛先を変えるため、蓮花は話題を変える。
先ほどから気になっていた事だ。
先ほどから、伊織の影に隠れて見えないが、こうして伊織が連れてきたという事は、前に言ってた妹とやらだろうか。
「……あぁそう言えば。蓮花にはまだ紹介していなかったな」
「えぇ。聖シストミア学園で見かけた事ないですし、アレではないみたいですし。どちらにせよ、伊織さんに捕まった時点で、……何と言うかご愁傷様と言うべきでしょうか」
「何か、私がめんどくさい女みたいじゃん!?」
「……」
蓮花は 無言を 貫いた。
「──こいつは、柳田フレイメリア。私の義妹だ」
伊織に対して一撃加えたと思ってただけに、蓮花自身の思考は完全にフリーズしたのだった。
だが──。
「──か、」
「か?」
「──可愛いー!?」
だが、フリーズしていたのも束の間、今の蓮花は完全に溜まった熱できっと熱暴走をしているに違いない。
その証拠に蓮花は、可愛いと連呼して当のフレイメリアに対して抱き着いているのだから。
「──ちょ!? この際お姉でもいい。助けてお姉!」
「(──分かるぞ、分かる)」
「こんのクソお姉ー!? 裏切ったなーっ!?」
実際、伊織や蓮花たちの贔屓目なしでも、フレイメリアは可愛い。
透明感溢れる銀髪に、透き通るようなその瞳。まるで、現実離れをした美少女だと言われても、特に不思議ではない。
その上、見た目こそ近寄りがたい雰囲気ではあるが、一言話せばその親しみやすさが分かる筈だ。
更に付け加えると、皆は知らないだろうが、一通りの家事まで出来る。
──そんな家事私事共に優秀で、その上美少女を、果たして可愛いの何と言うのだろうか。
「……──で、さっきから思ってたんだが、何でカレンさんは泣いてるんだ?」
「アイドルとして華々しい花道でしたわ。これからの活躍を、ご一層期待しています」
「いや、私が起こした事なんだけど。こう、あの衣装と機会がもったいなく感じるというか、何と言うか」
「吉報お待ちしておりますわ」
「──アイドル活動も、あんな可愛い衣装とか着ないからな、絶対!?」
と、対して伊織とカレンは、何やら言い争っている様子──。
傍から見れば、その内容は要領を得ないものだろう。
しかしてその実、カレンは伊織が機会さえあればあんな可愛い衣装を着ると知ったのだ。それを理解した伊織が、こうして否定を突きつけるのは、伊織自身のある種の防衛機能に近しい。
「──まだまだ余韻が残りそうですねー」
そして、彼女等が立ち直るまで、数分の時間を有しましたとさ。
🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷
お疲れ様です。
感想やレビューなどなど、お待ちしております。
※追記
あー、筆者自身増えるか、影分身か出来ないかなー?
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