第090話『魔法少女VS国士の模擬戦』
レーナが主催するお茶会の翌日──。
勿論伊織の日常は、再びいつもの日和を迎える。
元々伊織は、ああいった格式高い催しはあまり得意ではない。確かに、彼女の実家ではそういった事もあったが、あれは仕方なくといった話だ。
得意不得意という話ではなく、出来るか出来ないかの話。
故にこうして、途中の自販機で買った缶コーヒーを飲みつつ、その後電車に乗るという早朝は、かなり精神的余裕のある早朝だ。
「……」
街並木を眺める。
いつも通りの日常。しかしてそれは、あまりにもか細い平穏の上に成り立っているのを、伊織は知っている。
そもそも此処梓ヶ丘は、大陸側からの“ケモノ”の侵攻があった場合の前線基地になり得る。
そして、梓ヶ丘を“ケモノ”襲来時の前線基地として機能させるため、此処梓ヶ丘は現政府や反政府組織にも属さない、ある意味中立地となっているのだ。
だがそれは、理論上の話でしかない。
現政府の魔の手や反政府組織の人々が隠れて生活している。
それでもこうして平穏を享受できているのは、陰の立役者とか細い奇跡故の話だ。
「(──まぁ、知らない方が幸せな事って、幾らでもあるよな)」
そんな現実逃避はほどほどに──。
伊織は、スマホの電源を入れ、連絡ツールの画面を開く。
そこには、本日の要件について書かれていた。
「──さて。確か、涼音から“乙女課”の人たちが用があるって言ってたよな。はー、面倒臭いなぁっ」
別に伊織は、用がなく街中をウインドウショッピングをしている訳ではなく、学園に通う道のりを歩いている訳ではない。そもそも、今日は休日であり、学園で講義が行われている訳ではないのだが。
さて、話を戻すとして──。
伊織がこうして貴重な休日を消費しているのには、それ相応の意味がある。
とはいえそれは、伊織が世話になっている魔法少女を統括する“乙女課”からの要請であって、彼女としてはあまり気の進まない話であった。正直な話、涼音から言われなかったら、断っていただろう。
「──まさか。国士の相手をしてやれなんて、何考えてんだか」
/5
“乙女課”の最寄りの駅を降りた伊織は、改札口を抜け、駅から出る。
本日は、一日を通して快晴日和──。
それこそ、蒼天から差す陽光は、そろそろ夏だと感じさせるほどに眩しかった。
詰まる話が。
「……──あ゛、暑い」
今現在の気温は、およそ35℃近く。
その上、地面のアスファルトを反射する熱によって、人々が感じている温度は、数値以上のものとなっているだろう。
正直言って、一歩一歩があまりにも重い。
そして、目の前に迫った"乙女課”を見て、ふと溜息を尽きたくなる。
“乙女課”と言っても、その施設内容は多岐に亘る──。
魔法少女や国士に対して指示を送る管制室から、前に伊織が美琴と模擬戦をした模擬戦上。他にも、食堂や娯楽室まであるという、ある意味その充実っぷりは尊敬にも値する。
「──ふぅ。ようやくたどり着いたか」
“乙女課”の建物に入って少しばかり時間を必要とした伊織は、そう呟く。
そこに広がるのは、廃墟と化した建物の数々──一種の模擬戦場だった。と言っても、前に伊織と美琴が戦った模擬戦場は別物だ。
「──あぁ、態々来てもらって悪いな」
そんな時、伊織に対して話し掛けて来る男性──。
知らない顔だったら徹底的に無視を決め込んでいたのかもしれないが、残念な事に当の伊織が覚えている顔だった。
「道中滅茶苦茶暑いから、態々読んでくれるなよ」
「はっは。生意気な魔法少女な事だ。精々社会では、自身の背を考えて行動する事だな」
「お生憎様。自分の身長ぐらい弁えてますよ」
彼の名は、“佐々木賢二”。
元は、中東亜戦線において戦っていた国士の一人だったらしいが、加齢などによってこうして後進育成に力を注いでいる愛国主義者だ。
だがしかし、魔法少女である伊織と元国士である賢二が何故面識があるのか。
それは結局のところ、簡単な話だった。
「──正直な話、長年国士魔法少女相手に教官を務めてきたが、お前ほど恐ろしい魔法少女は見た事がないぜ」
「それはどうも、とでも言えば良い?」
「あぁ。戦友は皆仲間だ。恐ろしくもあるが、それ以上に頼りになるという。まぁ中には、仲間と言えどその力に恐怖する奴がいるが、ソイツ等はケースバイケースという奴だな」
さて、そんな伊織と賢二が視線を向ける先には、幾中隊で演習をしている国士の彼等の姿がそこにはあった。
演習中である国士の彼等が握っているのは、おそらくペイント弾を使用した銃。機体や模擬戦場に点在する廃墟に着弾しては、チームに合った煙が漂う。
「──ところで。さっきから気にはなってるんだけど、もしかしてアイツ等って……?」
「あぁ、今回国士の見習いの試験をしていてな。お前には、その敵役をして欲しいんだ」
そして伊織は、何故彼女自身が呼ばれたのか、その理由をなんとなく察するのだった──。
♢♦♢♦
「──思ったよりも、順調に進んでんだな」
「油断は禁物ですよ、健人」
「とは言ってもなー啓。此処までの進攻で、今だ一度も襲撃がないなんてな。もしかしたら、向こうの不手際か?」
「──お前等試験中だ。少しは緊張感を持って行動をしろ」
「「──了解、徹隊長」
国士が身に纏うスーツを着て、手には突撃銃が握られている。
そう、健人や啓、それと徹の三人は、あの襲撃事件の後、国士へと志願をした。
勿論国士になると言っても、今だ高校生な彼等がなれる訳ではない。そもそも、高校生であると同時に、それ相応の身分の彼等が戦場に立てるかという話だ。
そう言った話になると、よく同じ高い身分でありお嬢様である柳田伊織の名が挙がるが、あれは例外中の例外──。
そして、徹たちもその例外の内の一つへとどうにかしてたどり着いた。
──あの日の、無力感を知っている。
──魔法少女だった蓮花の事を褒める事しかできない、自分自身がどれほど恥ずかしかったか。
そしてそんなこんなで、健人と啓、それと徹は、見習い扱いではあるものの、国士の見習いとして、こうして訓練をする事になったのだ。
「──それで。今回の試験は、“敵魔法少女の襲撃を回避しつつ、指定の地点までたどり着く”でしたっけ?」
「あぁ。敵魔法少女を倒さなくても良いらしいからな」
そんなやり取りをしつつ、徹たちは目的地までの進行を続ける──。
奇襲を受けても対応できる大通りをスラスターを適度に吹かしつつ、隊列を維持したまま、目的地へと向かう。
だが、徹たちが出発してから、今だ一度も敵魔法少女の襲撃を受けていないというのは、少々引っかかる。実際、健人が疑問視しているのは皆の心象を表していて、けれど、警戒を怠っている訳ではないので不問だ。
「──14時に感ありっ!」
その啓の言葉と共に、残る徹と健人も警戒態勢を厳とする──。
だが、啓も見ているであろうレーダーを確認する徹と健人だったが、その魔法少女の動きがあまりにも常軌を逸しているのだ。
「──建物ごと突っ切っているのか」
「おーおーっ! こいつはどう考えても、これまで練習相手になってくれた魔法少女とは別格だな」
「──総員。このままスラスターを吹かせつつ、目的地を目指す。だが、例の魔法少女については警戒を続ける!」
「「──了解っ!!」」
──っ!!
何かが崩れる音──。
その音に、徹たちは視線を向ける。
「──嘘、だろ!?」
その健人の言葉は、如実に目の前で起きている異常事態を表していた。
ビルの上部が何かによって切り飛ばされ、そして圧倒的な質量を保有したそれが徹たちへと降り注いでくる。
ただでさえそれは、試験の範疇を完全に超えた攻撃──。
だが、それだけに終わらず、徹たちは降ってくるビルの上部を迎撃しようと引き金に指を掛けるが、その引き金に掛けた指が一瞬だけ硬直をする。
「──敵魔法少女が俺たちとの位置が合致したのは薄々おかしいと思っていたが、まさかあの瓦礫の山を目くらましにするつもりかっ!」
ビルの上部だった建物は、細かく切断され瓦礫の山に。
それだけでも、圧倒的な質量故に、強力な攻撃だ。
だが、徹の言うように、瓦礫の山は目くらましに過ぎない。
そして本命は、その影に隠れ銃撃の雨の中を突っ込んでくるであろう、敵魔法少女自身だ。
「──っ! Aー02Aー03っ! 大丈夫か!」
「此方Aー02。問題ねぇ」
「此方A-03。問題ないです」
そしてその降ってきた瓦礫の山を回避した徹たちであったが、敵魔法少女の反応は何もない。
果たして、徹の勘違いだったか──。
いや、どう考えても人為的な攻撃をしてきたのだから、此処で追撃してこないのは逆におかしい。徹の我ながらの話であるが、少なくともこの好機に攻めてこないのは、逆に悪手である。
「──何故攻撃してこないって? 改めて挨拶をしておこうと思ってな」
砂煙舞う中から、一人の女性の声が聞こえる──。
凛として、何処までも鋭い、まるで業物めいた刃のような声が辺りに木霊する。
そして、その砂煙の中から、彼女が現れた。
軍服めいた彼女──そしてその背には、紺の羽織がはためいている。
「──っ!?」
徹たちに、緊張が伝播する。
今までの、それこそ戦いとは無縁だった徹たちだったならば、この目の前の異常事態には気付かなかっただろう。
だが今は気付く、気付いてしまう。
その蛮勇めいた、自身の愚かさにも──。
「──私の名は、魔法少女グレイ。いざ、手合わせのほどを」
その言葉と共に、魔法少女グレイが間合いを詰めて来る。
速い──。
それこそ、身体能力向上系の《マホウ》を所持している魔法少女以上の速度を以ってして掛けて来る。
その、反撃と云わんばかりに迎撃をする銃撃の雷雨の中を突っ込んで来る様は、恐怖以上の他でもない。
「──Aー01っ! 俺が前衛を務める。その隙が生まれたらそのまま仕留めろ!」
「っ!? Aー02の案を採用とする。Aー03と俺は、そのまま中距離からの射撃で仕留める」
「Aー03了解!」
だが、これまで血の滲むような訓練を積み重ねてきた徹たちも、その程度の事で劣る訳にはいかない──。
驚愕していたのも最初だけの話。
盾を片手に健人は、魔法少女グレイへと接敵をする。
そして、残る啓と徹は、左右に展開をして更に魔法少女グレイへと負荷を掛ける。
「──引いたっ!」
「待て勝手に追い過ぎるな、Aー02。連携をしてそのまま仕留めるぞ」
「「──了解っ!」」
しかし、それでも魔法少女のこの場を離脱する速度の方が早い──。
軽やかに回避を繰り返して、一度大きく跳躍をする。魔法少女グレイへと迫るペイント弾は、彼女の振るう刀によって阻まれた。
「──っ!」
そして、魔法少女グレイが無傷のまま着地をすると、ほんの僅かばかり生まれる空白──。
その力みを以ってして、再度加速をする。
その速度は、先ほどの比ではない。少なくとも、散らかした銃弾の雨程度では、当の魔法少女グレイを捉える事は叶わないのだ。
「──は、速い!?」
「惑わされるな、Aー03。俺たちの目的は、彼女を倒す事ではない。Aー02を最後尾に置き、この場を離脱する。Aー02、行けるか?」
「あぁ、問題ねぇ! だが、支援程度は残しておいてくれ。流石の俺も、凌ぎ切るのは無理そうだ」
苛烈さを増す攻撃の数々──。
それに対応をする健人も、流石というべきか。
しかし、それはただ対応しているだけに過ぎない。
少なくとももまだ、魔法少女グレイはその《マホウ》を使用していないのだから。
「──さて。そろそろ終わりにしようか」
《柳田我流剣術、二重》
「──うっそだろおい!? リアクティブアーマー付きの複合装甲盾だぞ! そんな簡単に両断されてたまるか!」
その一撃は、誰の目にも留まらなかった。
そして、事象は確定をする──。
魔法少女グレイの一撃──否、正確には二撃は、本来甲種の“ケモノ”相手の一撃もスセグであろうその強固な盾が、文字通り両断されたのだ。
そしてそのすぐ後、健人の持っていた複合装甲盾が爆発をする。
その隙を縫って健人は後退をするのだったが、砂煙の晴れた先にいたのは、今だ無傷のままな魔法少女グレイだった。
「──クソッ! 俺がどうにかして彼女を抑える。あとはお前等がどうにかしろ!」
「Aー02了解! Aー03と共にどうにか仕留める!」
このまま引いて目的地へと走ったところで、事態は何も解決せず、追い詰められたところでそのままチェックメイトだろう。
だからこそ、この場でどうにか対応するしか他ない。
故に、それを本能的にも理解した健人は、小銃を片手に魔法少女グレイへと突撃をかます。
「──クソッ!? 当たれ、当たりやがれっ!」
だがそれでも、縦横無尽に回避し続ける魔法少女グレイを捉える事は叶わない。
その度に、火薬の煙とペイントの煙が、ただ舞うだけ。
そう思っていたのも束の間だった──。
「──ぐっ!?」
「──健──Aー02!」
その言葉は、瓦礫の山と化す──。
そしてそこには、放置されていた廃車を蹴り飛ばし、健人へと命中させた当の魔法少女グレイがいた。
あまりの常識外の攻撃。
しかし、健人の反応が今だ健在な辺り生きてはいるだろうが、それでも復帰にはそれ相応の時間を必要とするだろう。
「──終わりだ」
だが、徹と啓は気付くべきだったのだ。
その先の常識外の一撃が、所謂チェックメイトになり得る事を──。
「──まさか最初から、全員を分断させる気で!?」
「Aー01! 支援します、その内に離脱をしてください!」
その後の結果は、分かり切っている事だった──。
徹へと突っ込んできた魔法少女グレイは、啓の射撃に何の障害も覚えず、そのまま射線を切った。
そうなれば、啓に成す術なんて何もない。
それを感知して徹は、対応をしようとするが、それはあまりにも遅すぎた。
「──これで終わりだ」
再度徹は、魔法少女グレイへとその銃口を向けるが、それよりも彼女の方が早い。
銃口をその手によって跳ね上げると、そのがら空きとなった隙を突いて、魔法少女グレイの肘打ちが、徹の鳩尾に命中。鈍い音と苦悶の声が聞こえてきた。
「──Aー01っ!」
「遅い」
どうにかこの危機的な状況を打開すべく啓は、無我夢中で行動をする。
だが、そのどれもが当の魔法少女グレイに命中する事はなかった。
徹の体を盾にした突撃──。啓が放つペイント弾が徹に命中する事はあっても、当の魔法少女グレイに命中する事はなかった。
「──これで、一人と二人」
そして、峰打ちによる一撃で、魔法少女グレイは、徹と啓の二人を仕留めた。
おそらく、画面辺りに『ERROR』とでも出ている事だろう。
「……──まだやる気?」
「──いや、俺一人でどうにかなる話じゃねえからな」
「そうか」
そして最後。
瓦礫の山から抜け出した健人であったが、目の前の死屍累々の状況を見て、抵抗する気なんて起こりえる事なんてなかった。
詰まる話が、徹たち国士見習いの敗北──。
それが決まると同時に、模擬戦場にアナウンスが鳴り響き、事が終わったのを此処にいる全員が理解をした。
/6
「──それでお前に言っておきたいんだが、確かにコイツは理不尽極まりない。何せこの模擬戦において、コイツは一切の《マホウ》を使用していないからな」
「「「……」」」
「だがそんなもん、戦場では日常茶飯事だ。もっともコイツに勝てなんて、無理難題をお前等に言うつもりなんて更々ない。勝てる奴なんて、同格の魔法少女ぐらいだからな」
「「「……」」」
「──だからこそ、勝てとは言わない。負けるな、それを覚えて欲しいんだ」
教官である賢二を前にして、徹たちは黙聴をする。
実際、徹たちの行動は正解とはかけ離れたものだ。
そもそもの話、国士の着るスーツは、人が“ケモノ”に勝てないのと同時に、人が魔法少女には勝てない。そのれっきとした事実として存在している。
「──まさか。あの魔法少女が伊織さんだなんて」
「まぁ私も、涼音からのメールがなければ、態々お前等を相手する事や、国士の見習いをやってるなんて知らないでいただろうし、それはお互い様だ」
認識阻害が掛かってた故に、徹たちは魔法少女グレイを柳田伊織だとは認識できなかったが、こうして正体を現した際にはかなり驚かれたものだ。
ただ、教官含めて戦い方がかなり危なっかしいや雑との意見を伊織は受けたが、それは結果によって黙殺をさせた。
「──そう言えば、連絡を貰った涼音だけど、何処に行ったか知らないか?」
「さぁどうだろう」
「……機密関係ですか」
そして伊織は、賢二に涼音が一体何処へ行ったのか聞いたのだが、帰ってくる答えは適当なもの。
十中八九、何かしらの作戦関係だろう。
事実、賢二は伊織の聞こえるようにした独り言に対して、特別反応の類はない。
「──まったく。今度みんなで買い物に行くって言ってたから聞きたい事あったんだけどな。この試験の借りは、ちゃんと支払ってもらうか」
そして連絡ツールには、「奢りな」と書かれた文が残るだけだった。
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お疲れ様です。
感想やレビューなどなど。お待ちしております。
一応、近況ノートにて、本作についてのものがありますので、興味がありましたらどうぞ。
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