第089話『利権と硝煙に彩られたアフタヌーンティー』

 第二次世界対戦を終え、そして高度経済成長期に乗り、日本という一島国は、かつてない繁栄を祖国にもたらした。

 だが、洛陽の日は早い──。

 原因は分かっている。

 様々な問題が何度も浮上し、そして解決する時間だってあって。



 ──しかして、をした。



 そして、黄金時代でもあったかつての日本を思い出しては、先人たちは偉大だったと、そう宣うだけの老害若害が大声を挙げる。

 それが少し前までの、日本という国に話だ。



 ♦♢♦♢



「──まぁ一応、私も歴史を学んでいますので」


 伊織たちはあの後、各々が自らの席に座って話し合う。

 内容は既存の教育庁発行の歴史の教科書。とは言っても、特に目新しい事実はなかったが。


「──それで。態々私を此処に呼び出して、歴史の授業の復習をしに来た訳じゃないんだろ」

「えぇそうですわね。


 ただ、その程度の話で終わるのならば、まだ話は早かったのだろう。

 だがレーナは、これからが本番と云わんばかりに、話を再開するのだった。



 ♦♢♦♢



 “ケモノ”が出現し、そして人類の敵と認識されてから、十数年が経った──。

 それでも各国──特にアメリカ合衆国やヨーロッパの国々は、必死の抵抗をしたのだが、それでも“ケモノ”の殲滅には至らなかった。

 圧倒的なまでの物量に対して、此方は有効となる物資が有限。

 少なくとも、このまま戦い続けていれば、人類が敗北するのは決まった未来であったのだ。


 ──故に各国は、“魔法契約少女”──魔法少女の育成に励んだ。


 ──ヨーロッパの国々は、魔法少女に成れる系譜を割り出し、特に優れた家系を一種の特権階級とした。


 ──アメリカ合衆国は、元は魔法少女の質は悪かったものの、独自の技術を以てして、量産化に成功をした。


 ──そして日本では、それを身近とし、志願制の徴兵を行った。


 他にも、魔法少女が生まれる国々はあるものの、基本的にこの三種類に分かれた。

 確かに魔法少女は、“Ⅴ弾”が有限な人類にとって、眩いほどの希望となっただろう。それは、後の歴史家も納得のいく話だ。

 だが、一方で魔法少女が生まれた事によって、が発生した。



 それが、所謂“女性至上主義”だ──。



 人類にとっての希望である魔法少女。

 故に、女性はその恩恵をあずかるべきだという、かなりずれた話だ。

 確かに、国家──そして人類のために戦った魔法少女が、民衆から称賛をされ、恩恵を受けるのは、筋の通った話だと言えるだろう。

 しかしそれは、のだ。

 戦っていない者が恩恵を受けるのは、可笑しな話な訳で、それはそれは男女共に批判の声を挙げた。特に、男女平等が国家、或いは人々として当たり前な国々では、かなり過激なデモと化す事もあったのだ。

 だが一方で、女性の権利向上は誰にも止められる事はない。

 何故ならそれは、人間として当たり前の権利の享受であり、それを非難するという事は人権侵害どころか迫害にまで当たる可能性すらある。



 ──そして我が国である日本は、を目指した。



♦♢♦♢



「えっ。そんな事があったんですか!?」


 そう先ほどまでの話を聞いて驚いたのは、当の魔法少女の一人である蓮花だった。

 正直言って、勉強不足と言っても過言ではない。

 だが、古くから臭い物に蓋をするのが日本という国であり、そもそもこれらの情報を探そうと思えば探せるが、ご法度な話となっている。


「まぁ知らないのも無理はないさ。それこそ、教科書にだって書いてないからな」

「そう言えば!?」

「でもそれは、この場だけの話だ。他の人に勝手に話すんじゃないぞ」

「……わ、分かりました」


 少しだけ不安に思う伊織であった──。

 だが、このまま蓮花に対して言い聞かせていて、話の腰を折る訳にはいかない。

 精々伊織としては、今のところは蓮花からの信頼に賭けるしかなかったりするのだろう。


「──でも、そんな簡単な話ではなかった」


 そう、優雅に紅茶に口を付けているカレンの言う通り、そう簡単な話でなかったのだ。もしもそんな幸せな話だったら、話はこう拗れた話にはならなかっただろう。

 対してレーナはというと、話が分かっていると云わんばかりに再度、話を続けるのだった。


「──さて。そろそろ本題でしょうか。この日本国について、話していきましょうか」



 ♦♢♦♢

 


 そして日本という国は、再度その歴史を歩み始めた──。

 だがそれは、前途多難な──それこそ利権が絡み合った千鳥足でもあった。もっともそれは、酒に酔っていた訳ではなく、ただ膨大なまでの金と利権故の話ではあったが。

 しかし、それでも日本という国は、幸せだったのだろう。

 それこそ、人類の敵たる“ケモノ”との最前線を構える、欧州や中華、それこそアジアの国々より、幸せこそ低かったものの、それでも戦争と無縁に近しいほどだったのだから。


 だが、あの日──。


 難民の受け入れ先を元国連の国々が、それぞれ頭を悩ませていた。

 それもその筈だ。

 確かにこれが平時だったら、嘲りと共にそれ相応の称賛を送っていただろう。

 だが、今は所謂だ──。

 それこそ、他の国々は人種関係や金銭関係の問題を抱えたくなかったし、列強国の国々も戦線を維持している中でそんな問題を抱えたくない。


 所謂、貧乏くじという奴だ──。


 そこで名乗りを上げたのが、わが国──日本だった。

 だが、流石はお人よしな日本人だ。それこそ最初は、その難民を助けるべく善意によるもてなしをした。衣食住から、最低限生活できる環境と、お金を稼ぐだけの仕事を用意したのだ。

 問題こそあったものの、案外平穏に暮らしていたものだった。


 だがあの日、全てが崩れ去った──。


 最初は、それこそ、何かあったのかなー程度の話だった。

 だが、日本に来た難民相手への日本政府の声明、それが全ての逆鱗に触れたのだ。



 “難民救援法”──。



 所謂、日本にやって来た難民向けの法律であった。

 内容を要約すると、詰まる話が国民から得た税金で難民である彼等を支援しようという話だった。

 実際、最初期の頃はかなり順調に進んでいたと言わざるを得ない。

 少なくとも、難民への嫌悪感なんてそれほどなかったし、問題についても然程大きなものはなかった。



『──本日、政府による“難民救援法”で制定された税金に一部の不正使用が認められました──』



 だが、政府による税金の不正使用に加え、着服が発覚をした。

 内容といたしては、難民に配るための税金の一部を着服し、それを懐に入れたという話だ。

 しかしその事実は、──。

 ニュース製作会社が意図的に情報の隠蔽を行い、そして偽情報を拡散したのだ。それも、政府の指示によって。

 だが、それに対抗してネットなどの情報交流の場でその事実が拡散をされた。



 そこは、民衆と政府による一種の戦場と化したのだ──。



 ♦♢♦♢



「……」


 そして蓮花は、その口を閉ざした──。

 そうだとも、蓮花は知らなかったのだから。

 民衆と政府による戦争は、およそ数年前に始まったもので、

 その事実を蓮花が知らなかったのは、決して悪い事ではない。

 だがそれを、他の人が許容するのかという、ある意味単純明快な話だ。


「……──まぁあれは仕方ないよな。公共の情報ツールにまで偽情報を流したんだから。それこそ、関心がなければ裏付けなんて取らないだろうし」

「えぇ。私といたしましても、あれはある程度の情報網を持っていなければ、真偽を確かめられないものでしたし。それに、に関わって欲しくはないですしね」


 そんな、場の悪くなった空気を察してか、伊織とレーナがフォローに入る。

 確かに、あの“難民救済法”の裏の目的なんて、ネット上で簡単に調べられた筈だ。おそらく蓮花が口を閉ざした根本的な理由の一つに、それが入っていたのだろう。

 だが正直言って、当の伊織やレーナとしても、あまりオススメできない事だ。

 あの頃の、民衆と政府の情報戦を思い出した時に一番印象に残っているのが、政府によるデマを流す行為ではない。



 ──あの税金の不正使用や着服に対して、壮烈なまでのバッシングが起きたのだ。通称“秋津事件”。その事件において、亡くなった者の名を忘れないように付けられた名だ。



 それはとても酷い話で、中には住んでいる住所を晒された者や、それこそバッシングの嵐で精神障害、ないし自殺者まで現れたほど。

 勿論その事件については、ニュースや国会などで話される事はなかった。

 おかげ様で、民衆から政府に対する不信感は募るばかりだが、それは制裁ムチ補助金アメによって事亡きを得たのだった。


「──ところで。そんな話をするという事は、もしかしてソレについてか?」

「えぇ。今回伊織さんを招待した理由につきましては、半分がそれに尽きるでしょうか」


 そんなレーナの反応に対して、伊織は納得をする。

 確かに伊織は、ソレに対しての情報を人──それこそ情報網を張り巡らせている自信もあるし、事実として持っている。

 だが──。


「半分?」

「えぇ、半分です。話を長引かせるのはあまり好みではないですから端的に言いますと、──伊織さん、貴女の目と耳を信頼しているのです」

「それはまぁ、ありがとう」


 そう、一応の笑顔と感謝の言葉を述べるが、伊織の目は笑っていなかった。

 詰まる話が、──。その事実は彼女にとって、それほどまでに大きかった。

 だがその前に、席に座った伊織とレーナには、があるのだ。


「──では、といたしましょうか」

「……」


 そう言ってレーナは、を取り出した──。

 意匠に凝った金貨で、おそらくその形状からして、複製や偽装を防止するものなのだろう。そうでなければ、態々金貨とする必要が何処にもない。


「二枚で、どうでしょう?」

「四枚だ」

「確かに、その情報はかなり高額になると思いますけど、それでも最終的に三枚に留めるつもりでしょ」

「さて。そう私が考えている訳ではないのだが。しかし、まさかレーナ様とあろうお方がし、その上四枚は妥当だと、情報提供者の私は思うのですが」

「……」

「……」

「……分かりました。ですが、四枚は貴女の情報の裏どりをしなければなりませんし、前払い三枚と後払い一枚でどうでしょう」

「毎度あり」


 斯くて此処に、情報の売買がなされた。

 そして、その対価というものが、そのレーナの差し出した三枚の金貨だったという訳だ。

 だが、そこには今の一連の蓮花とレーナのやり取りを理解していない人が、一人いるのだった。


「……えっと、話に付いて行けなくてすみませんが、一体どういう事でしょう?」

「はぁまったく。伊織さんは今取り込み中ですから話しますけど、これは“円卓遊戯”と呼ばれるものです」

「あ、カレンさん、ありがとうございます。ところで“”とは何ですか?」

「“円卓遊戯”とは、ある程度の地位を築いた家柄を持つ生徒に一定数送られる金貨を用いて、


 なるほどと、蓮花は納得をする──。

 蓮花の身近な伊織やカレン以外に、案外関わりのある蓮花は分かる話だ。

 そもそも“聖シストミア学園”という箱庭は、それはそれは権力者の家柄の息子娘だけでも多岐に亘る。例えば、成り上がりじみた商社の娘から、果ては財界の大物の息子まで。

 そんな、魑魅魍魎な学園の中で、まともな学園生活を送れるとは限らない。

 そこで“聖シストミア学園”と親御さんとの間での協議の末、所謂“円卓遊戯”と呼ばれる取引が出来上がった。


 “円卓遊戯”──。

 そこで繰り広げられるものは、鉄仮面によって表情を隠した、魑魅魍魎じみた取引の数々。

 基本的に、片方が情報や手伝いなどを貰う代わりに、を報酬として与える。

 詰まる話が、“聖シストミア学園”においてシストミア金貨というものは、一種の通貨と化しているのだ。

 ただ、先にカレンが言ったように、ある程度の地位を築いた家柄を持つ生徒に所持を許された金貨。それは話の内容から分かる通り、それ以下の者による所持を認められていないのだ。


「──なるほど。“聖シストミア学園”においての独自通貨という訳ですか」

「……話が早くてなによりです」


 さて、蓮花とカレンとが話し合っている最中に、如何やら伊織とレーナのトレードは成立したらしい。

 そしてこれからが、今回レーナが主催するお茶会で当の伊織が呼ばれた、本当の話が始まるのだった。



 /4



「──まずは、端的に話を纏めると、その事業──日本国内の使は止めておいた方がいい」

「あら。確かに私の実家はそのような事業を展開するつもりですが、その理由を聞いても?」



「──おそらく、ここ近年でが発生するからだ」



 はてさて、伊織の衝撃的な発言により、事は始まるのだった──。

 内戦。

 その事実は、今なお生きる日本国民において、事実上あり得る話だ。


「内戦って、もしかして!?」

「──あぁ、現政府とレジスタンス組織──“帝斯”との事実上の内戦だ」


 “帝斯”と──伊織がその名前を口にするのと同時に、蓮花以外の皆の真剣度合いが変化する。

 それほどまでに“帝斯”というレジスタンス組織は、情報を大量に得ているからこそ、その脅威がありありと理解するのだ。


「──その前に一応、“帝斯”という組織について話しておく必要があるか」

「はい、お願いします」


 ──。

 その組織は、此処日本の西側に本拠地を構える唯一の反政府組織だ。

 元々は、“帝斯”以外の反政府組織が幾つも存在していたが、今日にいたるまでにそれらは全て滅ぼされた。何せ相手は、物理的な攻撃を無力化する歴戦の魔法少女と、戦線に送られる事のない実弾兵器を持った、一国家だ。

 だが、反政府組織である“帝斯”が、その一部隊を壊滅させたのは、彼等のような反政府組織にとって希望となり得た。

 その通称、三根山戦線後の“帝斯”という反政府組織は、他の思想の一致する反政府組織を仲間に引き入れ、そして一国家クラスの軍事力を以ってして、今なおその支配領域を維持し続けている。


「──だが何も、支配領域と言っても、暗君が系譜を連ねている訳ではない。むしろ、不当税金関係には厳しいし、保証の類だって現政府よりも手厚い筈だ」

「……──伊織さん」

「失礼。少し話が逸れたな」


 さて、話が逸れ始めたところをカレンに修正されてから、伊織は再度話始める。


「──それで。その今の“帝斯”の頭領がこの男──“高杉連羽”。非常に頭の切れる男だ」


 そう言って伊織は、一枚の顔写真を取り出した。

 デジタルデータとして所持していないのは、おそらくハッキング対策の一環なのだろうか。

 そして、その写真に写っていたのが、伊織たちと同年代と思われる青年だった。

 名を、高杉連羽。

 その苗字は、この国に住む者において、畏怖と尊敬を集めるものだ。


「──高杉、連羽……。もしかして、ですか!?」

「あぁ、よく知ってるな」


 高杉覇久斗──通称、

 その名は、政府関係に疎い蓮花でさえも覚えのある、歴史の教科書にも書かれた者の名だ。

 二代前の総理大臣でありながら、敵国スパイをダイナマイトで吹き飛ばした経歴を持つ人物。その実行役こそ知られていなく、事実上歴史の教科書は彼を大量殺人犯と称しているが、おそらくそれは一部の面からは真実と言われているのだ。

 そしてそんな他国にも畏怖されていたダイナマイト高杉の最後であるが、それは本当に彼らしい最後であった。

 自宅に複数人送り込まれた暗殺者。それと逃げる事なく最後まで対峙し、そして最後は道連れと云わんばかりに、自らを含めた自宅ごと爆殺したのだ。

 その後は、反政府組織の額縁に敬意を以ってして飾られるほど。


「──おそらく、その孫である連羽が現政府への攻勢を仕掛けようとしている。かなり弾薬などを買い込んでいるから」

「……それは商売時では」

「あぁ、レーナさんの言う事も一理ある。だが、その後の事も考えた際、此処で下手に手を出せばに関わる」

「……なるほど」

「私はただ、私自身の意見を言っただけだ。レーナさんがどう結論付けるかは、貴女か上かの話だ」



「(──確かは、“帝斯”の家柄の一つだったな。はてさて、どうなる事やら)」



「……──さて。皆さんのお茶も冷めてしまった事ですし、新しいお茶でも用意させましょうか?」



 斯くて、魑魅魍魎じみた学園で行われるお茶会は、その後解散するまで続いていくのだ。

 それはまるで、利益と硝煙に彩られたアフタヌーンティーのように──。



 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷


 お疲れ様です。

 感想やレビューなどなど。お待ちしております。


 はてさて、第089話にして、この世界においての日本の歴史を半分ぐらいは消化しましたが、今後共もお楽しみに。

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