第088話『円卓遊戯、その前奏』
──さて、此処、聖シストミア学園には、特別な風習が存在している。
とは言っても、その特別な風習は生徒や教師の誰にも当てはまるものではなく、一部の──それこそ今だ権力を維持している家か、過去の残映にしがみつく旧家の者にしか意味のない話ではあるが。
名を、"円卓遊戯”と──。
♦♢♦♢
青空が、空高く登る──。
屋敷の庭に設置されたのは、純白を基調とした椅子とテーブル。
調度品を見れば、凝ったものが多く、目を惹き付けてやまない。
その全てが高価であるものの、けばけばしさを感じないその様模様は、このお茶会を主催した者の気品を感じさせるものだった。
「──本日は、お日柄も良く。ささ、そこに座って」
「失礼します」
珍しく着流しや制服でもない、ドレスコードに合った服を着てきた伊織は、後ろに引かれた純白の椅子に座る。
そして、そんな伊織に向き合うようにして座っているのが、今回伊織をお茶会に誘った薄紫色の髪をたなびかせる彼女──"レーナ・アゼリシア”。
「(──レーナ・アゼリシア。確か、運送業で繁栄を極めたアゼリシア家、その次女だっけか)」
腐っても、流石は名家の跡取り候補である伊織と言うべきか。
いやそもそも、アゼリシア家と言えば、それなりに家柄への知識を持ち合わせていれば、耳にした事がある筈だ。
"ケモノ”がユーラシア大陸で最初に発見されて、そして人類の敵との生存を掛けた世界大戦となったのは周知の事実──。
悲鳴が世界中で溢れ、治安は後退をした。経済成長率だって、それは世界恐慌に匹敵するものとなったのだ、
だが、世界中全ての経済成長率が後退した訳ではない。
──アゼリシア家は、後者に当たるだろう。
運送業による、物資の移動──。
特に、戦時中において大量の武器や兵糧などを運ぶのには、それ相応の労力を必要とする。
それ故に、運送業に対しての一定の需要を得た。
だが、それ故の問題もまた発生をしたのだ。
横流し中抜き数多あれば。
そこで、真面目な気質で有名な日本の会社が、意味もなく大頭した訳だ。
「(──であれば。日本の会社という信頼とある程度の経営センスなどがあれば、成功するのは然程不思議ではない、か)」
さて──。
そこで伊織は、一旦思考を止める。
伊織が椅子に座ってからほんの数瞬の出来事であるが、流石にこれ以上待たせる訳にはいかない。
「──今日は、ユルド産の茶葉を使ってみましたのだけど。どうぞ、温かいうちに」
伊織の目の前に差し出されたのは、白磁のティーカップに入れられた紅茶──。
色良く出た紅茶の色は、透き通るような透明感を抱かせる。
また、白磁のティーカップは、他の調度品との調和を合わせた上で、早夏の雰囲気に似合う様となっている。
「──美味しい」
「そうですか。お口に合って良かったです」
仄かに薫る紅茶の香りが、右手にティーカップを抱える伊織の鼻腔を通り過ぎて行く──。
味も素晴らしいのだが、特に香りが素晴らしい。
おそらく、お茶を嗜む伊織に合わせて、香りもまた調節してあるのだろう。
凄まじい腕を誇るレーナ。
たとえ、同じくお茶を嗜む伊織がマダムを務めようとも、これほどの完成度を作りあげる事は到底不可能だろう。
「──それで。今日の調度品なのですが──。」
そして、お茶会のマダムを務めるレーナが、調度品についての説明を始める。
調度品については、おおよそ伊織の予想通り。しかして、予想が当たったからどうという話ではなく、むしろそんな高価な調度品を揃え、そして調和をするように設計した手腕には、正直驚かされた。
あとは、伊織も先ほどから気になっていた白磁のティーカップ。
アフタヌーンティーにおいて、必要以上に茶器などに触れるのはマナー違反となるため、とても興味深い話を聞けて良かったというものだ。
「──そして、本日柳田様をお誘いした件についてですけど」
──如何やら、伊織がアフタヌーンティー誘われた理由について話してもらえるらしい。いや、それが本題というべきか。
「──きゃああああぁぁぁぁ!?」
突如として、包まれていた静寂が、騒がしい声と共に崩される。
その騒がしい声の張本人はというと、植木の辺りから転がり出して、所々痛そうにしている。
それが誰か、伊織は知っている。
彼女への視線を露骨にも逸らしているのが、その証拠だ。
「──どちら様ですの。折角の雰囲気を台無しにして」
「あ、あははは……。ごめんなさい」
と、素性や行為の意味について問いただすレーナの姿──。その表情は、笑っているが笑っていない、それどころか軽く青筋でも立っていないだろうか。
いや別に、そこの彼女が悪い訳なのだが。
確かに、このまま彼女を無視か知らない振りでもしていれば、伊織は丸く済む事だろう。
「──あ、伊織さん。お茶の最中ごめんなさい」
「……」
「あら、柳田さんの知り合いでしたの」
だが、そうは問屋が卸さない。
当の伊織は、つい溜息を漏らしそうになるが、それはあまりよろしくないどころか、お茶会の雰囲気を最悪から最低へと引き下げる行為なのだろう。
それを自覚した伊織は、彼女の事を認識する。
「──何をしている、蓮花さん」
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「──あら、蓮花さんは一般で入ってきたのですか? 確か、かなりの倍率だったと記憶していましたが」
「えぇ、かなり大変でしたけど──紅茶美味しいですね!」
「どうもご丁寧に」
伊織の杞憂も何処へやら──。
案外、蓮花とレーナの仲は悪くない様子だった。
もっともその二人の仲というのは、蓮花の無作法をレーナが許容しているその一点に尽きるほど脆いのだ。
もしもこの場にいるのが、数多の社交場を渡り歩いてきたであろうカレンならば、その類の問題は発生しないのだが。
「──流石はアゼリシア家のご令嬢。素晴らしい茶葉とカップですわね」
「……何でカレンも此処にいる」
「先ほど、伊織さんを付ける蓮花さんを見かけましてね。わたしもそれでこっそり後を付けてきましたら、まさかお茶会とは」
何故かこの場に席を置く、当のカレン──。
制服姿の蓮花とは違い、会場を意識したカレンの服装は、傍から見てもかなり惹きつけられる。
ただ、伊織自身がそれを指摘すると折角の凛々しい姿が崩れそうなので、伊織は指摘しない事にするのだった。
「ご丁寧にありがとうございます、カレンさん。確か、フェニーミア家のご令嬢でしたね」
「えぇ。しかし、交流の薄くなった欧米の一貴族の事をよくご存じですね」
「"情報は時に金より重い”──。とよく言うでしょ」
「それもそうですわね」
ただ、仲良くとまでは行かないらしい。
とはいえ、話が通じるだけでも十分な話だ。
特に、ある程度の権威を誇る家柄同士で、各々が持つプライドが擦り合うなんてよくある話の一つである。
そのプライドを押さえて、自身の利益となるように立ちまわる。
そんな理知的な行動を取れる辺り、如何やらレーナもカレンも弁えているようだ。
「(……──ただやっぱ、カレンはあんま相性が良くないな)」
と、一人で勝手に思う伊織ではあった。
昔からそうだ──。
カレンの、伊織に対しての好意的な感情が異常なだけであり、大体は目の前で話し合っているレーナや涼音への対応が普通なのだ。
ただ正直言って、お茶とお菓子に夢中な蓮花に対してかなり酷い対応なのは、少しだけ気になるのだけど。
「──さて。そろそろ私を呼んだ理由を教えてくれないか?」
そこで伊織は、今回彼女がこの場に呼ばれた理由を問いかける。
このままでは、他愛のない会話を続けていそうなのも理由の一つであるが、それ以上に伊織も気にはなっているのだ。
「──あら、そうですわね。丁度、カレンさんもいるでしょうし。少しこの国の現状と未来について話してみましょうか」
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お疲れ様です。
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