第086話『たとえ、灰になったとしても──』

 そして、それから幾ばくかの時間が過ぎた時の頃だ──。

 伊織はあの後、"乙女課”に顔を出して、"討魔式”という式に参加する事になった。

 何でも、新しい魔法少女になった彼女たちへの、手向けの言葉などらしい。

 もっとも、伊織が独自で調べた結果では、だと結果が出ているのだ。




「──えー。魔法少女になった皆さんは、これから国防を担う魔法少女として、誇りある行動と他者を思いやる精神の心を持って──」




「(──ホント。糞ったれみたいな茶番だな)」

「(──い、伊織さん。あくびはちょっと!?)」

「(こんな胡散臭い茶番。まともに受けている人の方が異常でしょ)」

「(そうですわね。──あの男、確かでしたっけ。防衛大臣ではなく内閣官房長官とは。それほど、この式が重要でしょうか)」

「(さあな。、特定は難しそうだけど)」


 と、そんな風に小声でやり取りをする、伊織と蓮花、それとカレンの三人──。

 事実、"討魔式”は、非常につまらない退屈を飛び越えて、ただただ苦痛というのが、三人の共通の感想であった。

 いや、周りを視界の端で捉えていくと、どうも退屈などと思っているのは何も伊織たちだけではないらしい。

 小声で雑談をして、それで注意を受けていた彼女たちが、目の端と耳に留まる。

 ただ伊織たちの場合、その辺りに注意しているので、注意されたりはしてないが。



「──君たちは、選ばれた人間なのです! であれば、選ばれた人間として、その使命を果たすのみです!」



「勿論、我々日本国家としては、その見返りを用意しています。一例として、引退をした魔法少女たちは、それぞれ平穏な生活を送っています」



「──しかし、今我が国は、"ケモノ”という人類の敵に脅かされています! 両親を親友を、親しい間柄の人たちを失った人も、この中にはいるでしょう」



 一気に下がったトーン──。

 それは、一種の溜めのようにも思えた。

 だからこそ、その次の言葉は、此処に集まった彼女たちの心に強く印象付けるため、強い言葉と共に放たれたのだ。



「──ですが、まだ我々は負けていない!」



「正義による鉄槌を! 我々の屈辱を、彼等にも思い知らせてやれ!」



「──人類に、繁栄と栄光あれ!!」



 そう、壇上にいる内閣官房長官は、強い口調と共に拳を突き上げた。

 その手の人心掌握術まで織り交ぜた、ある種の洗脳か、或いは強い強迫観念すら覚えさせるものだった。

 事実──。


「(──半数近くが呑み込まれた、か。思ったよりも、な)」


 そう、伊織は思うのだった──。

 ちなみに、伊織とカレンといった面々は、その手の人心掌握術などに対しての耐性を持っているし、蓮花に対しては戸惑い半面伊織が教えた耐性といった塩梅か。

 しかし、あまりにも大きい歓声。それと雑話の数々。

 この時なら別に、普通の声量の会話をしても問題なさそうだ。


「──お疲れ様です。どうですか? 退屈な式は」

「……か。どうも何も、つまらな過ぎてあくびすら出ていたところだ」

「まぁ、それもそうでしょうね。ボクの時も、今回のような退屈な式でしたから」


 そう呟く涼音の表情──いや、表向きはいつも通りの無表情であったが、その裏の顔は、きっと軽蔑を浮かべいるに違いない。

 事実、一般人の家庭から名のある名家へと上り詰めた涼音は、慣れぬ権力闘争に巻き込まれたのだろう。

 とはいえ、他人である伊織が、憐憫や納得の言葉を言うつもりはない。


「(──それが。私と涼音との、決して埋まる事のない溝なのだろうな)」


「──そう言えば涼音。さっきから気になっていたんだがは?」

「そう言えば!? 会場に入った時から見掛けませんでした!」


 そう、話題を変える伊織に付随するように、蓮花が話に乗っかってきた。

 どうも蓮花自身、気にはなっていた事らしい。

 見かけないという事は、で、後は涼音の解答待ちではあった。


「──杏さんは一応魔法少女になりまして。優子さんは裏方の方に回りました」

「……それで。最後の彼女は」

「烈火は、──魔法少女になる事を辞退しました」



 /20



 日が暮れる──。

 そんな季節になったのだと自覚をする。

 ただ、それだけ。

 伊織は、意味もなくそう思うのだった。


「──伊織さん。こんなところにいたんですか」

「何だ、蓮花か。別にそれくらい良いだろう」

「……別に文句がある訳じゃないんですけど」


 そして、夕日が沈む海岸線を見ている伊織に対して、突如として掛けられた声。

 しかして伊織は、最初から気付いていたらしく、戸惑いの様子はない。

 勿論蓮花も、気付かれている事を知っていて、少々不本意ながらも会話を始めたのだった。


「──烈火さん。辞退したんですってね」

「そうか」

「──凪さんは私の目の前で死んでしまいましたし、……雫さんも今も戻ってきていません」

「そうか」


 そう、独り言を呟く蓮花の視線は、何も他愛無い返答をしている伊織に向けられている訳ではない。

 水平線の彼方──。夕日が沈む海岸線を、伊織と一緒に見ているのだった。


「──ところで。さっさと座ったらどうだ?」

「いえ、それほど長く見ているつもりはないですし」

「そうか……」


 そう呟いた伊織は、腰かけていた椅子から立ち上がる──。

 そろそろ良い時間。自宅でフレイメリアがとびっきりの夕食を作っているらしく、冷めないうちに帰りたいものだ。


「──じゃ。私はそろそろ帰るから、冷えない内にでも帰るんだな」

「──ま、待って、下さい!」

「……何か」


 そして、伊織は夕食が冷めないうちに帰ろうとする。

 だが、どうにも蓮花は伊織に対して用があるみたいだ。

 伊織としては、フレイメリアが腕によりを掛けると言っていただけに、さっさと帰りたいものだが──。


「(──まぁ、これくらいなら大丈夫そうだし。遅れたら遅れたらで、その時は土下座でも考えておくか)」


 ──その蓮花の真剣な眼差しを向けられては、流石の伊織とて無視できなかった。


「──伊織さんは、一体何のために魔法少女になって戦うんですか?」

「唐突だな。戦うため──誰かを守るため、かな」

「──本当、素晴らしいですよね。です」


 私には出来なかった事──。

 蓮花の話は、きっと"梓ヶ丘”に"ケモノ”が襲来した時の事だろう。

 あの時は、様々な人たちが"ケモノ”と戦って、彼等を掃討をし、結果人々の命を守った。

 被害者こそ出ていても、あの規模の侵略において、あの程度で済んだ事は幸いと称賛に値するものであろう。


「(──流石に、アレを納得するのは無理な話か)」


 だが、蓮花はあの時の事を今だ引きずっている──。

 これは、もう伊織がどうこうする話でもない。

 ──蓮花自身の納得、そして未来は、彼女自身が決める事なのだから。


「──でも私は、。私自身も勿論大切ですし、たとえこれからも後悔に塗れても、死ぬ時にだけは後悔をしたくないです。──


 腕を無意識だろうか、蓮花は左腕を抑える。

 聞くところによると、何でも戦闘用に調整をされた義腕らしい──。

 人並みの幸福を許されぬ呪縛、それ以上の幸福を掴もうと鼓動するヌワザ《アガートラーム》。

 人の許容量以上の幸福を願うのは、人間特有の愚行であり。

 ──事実伊織も、同様の愚者であったのだ。


「……──そうか」


 そう呟いた伊織は、一瞬驚いたように目を見開いていたが、それもすぐに伏せる。

 選び取った未来──。


 冷たい冬風に肌を裂かれ、


 吹雪に見舞われて瞳が何も映さなくなって、


 夢を叶える指先が、たとえ壊死で崩れ去ってしまって、


 最後は、希望の燈火燃えゆ心臓に、杭が叩きつけれる事だろう。


 ──だからこそ伊織は、として、蓮花に問い掛ける必要があった。



「──君は、何のために戦う」



「──私自身のため、誰かのため、そしてみんなのため」



 ♦♢♦♢♦



 蓮花と別れた伊織は、黄昏時の帰路に着く。

 この季節になっても、夜は若干冷える。

 もう少し早めに帰るべきだったと、そう若干の後悔を抱く伊織ではあったのだが。


「──『私自身のため、誰かのため、そしてみんなのため』、か」


 久しぶりに見た、まるで一等星のような輝き──。

 たとえ、その心柱が折れてもまた立ち上がる不屈の精神。

 嗚呼或いは、恐怖心を意思の力で押さえつける、が故の事だろうか。


「(──それはきっと、私にはないものだ。だ)」


 伊織はもう捨ててしまった、極々当たり前な、まるで陽だまりの中のような温かさ──。

 明るく笑ったって、ふざけたりもしたりもした。

 蓮花や涼音、それとカレンとのやり取りは、伊織にとってかけがえのないものであったのは事実だ。




 ──




「──でもこれは、私が選んだ道だ」



 伊織は、選んでこの修羅道を歩んでいく。


 それは他でもない。──伊織自身が選んだ道なのだから。


 だからこそ、どれだけ辛くても、どれだけ後悔をしても。


 ──それでも伊織は、罪過の冠を被るのだ。


 たとえその先に、破滅しか待っていなくても、怨嗟の罵声だけが残ったとしても。


 ──伊織が、自らの意思を以って選んだ道なのだから。


 たとえ──。



「──私の体が、灰になったとしても」



 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷



 お疲れ様です。

 感想やレビューなどなどお待ちしております。

 あと、少し訂正しますが、蓮華が倒したケモノ──歴種→甲種。

 やっぱ盛り過ぎた。

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