第082話『真子島攻略作戦12・三神の戦装束』

 【真子島、地上部──】



「──ふぅ。粗方、"ケモノ”たちは倒し終えましたか」


 そう言って蓮花は、辺りを見回した。

 先ほどまでは、それなりに蔓延っていたであろう"ケモノ”の姿は、もう見えない。見えるのは、ただ砕かれ焼かれ、焼け焦げた死山血河な光景だけ。

 その見る者が見れば顔を顰めるような光景を前にして、蓮花の心の中は落ち着いたままだ。それどころか、穏やかなまである。


「(……本当に私、変わったんですね)」


 精神が未熟な頃の蓮花だったら、"ケモノ”を倒した事に安堵はすれど、この光景には顔を顰めていた筈だ。

 確かに、普通の精神ならばだ。

 しかし、普通でいる事がどれだけ足を引っ張るのかを、その身を以って知った。

 口先でどうこう言う話ではない。




 ──黒鋼な義手を見た。





「──あら。何やっているんですかね」

「あ、カレンさん」

「本来は魔法少女ホムラを呼んで欲しいんですけど、まぁ掃討戦は終わったようですから問題はないでしょう」

「それは良かったです」

「──それはそれとして。鈴野はちゃんと"ケモノ”の掃討をちゃんと終わらせたのですか?」

「……まぁ、目に付くのは倒しましたけど」

「であればよろしい」


 事実確認をしに来ただけらしい──。

 そう言ってカレンは、聞きたい事を全て聞き終えたと云わんばかりに、当の蓮花のいるこの場から立ち去ろうをする。

 お互いとの距離感を感じる。

 だがそれは、当たり前の事だ。

 そもそも蓮花とカレン同士、一時はこうして共闘を組んだとはいえ、彼女同士の仲は悪いという他なく当たり前。それよりも、伊織が間に挟まっていたあの頃の方が余程おかしいと言える。

 でも、今の蓮花は、誰かと話したい気分だったのだ。


「──カレンさん。ちょっとお話良いですか?」

「……」

「そういう反応をするんですか、なら良いですよ。──どうせ伊織さんのところへと行くつもりでしょう」


 伊織──その名を聞いてカレンは、少し驚いたように彼女自身の体が震えると、何事もないような仕草で、再び蓮花の方へと振り向いた。


「……どういう事ですの」

「いえ、特に意味は。ただ、伊織さんへの心配性が激しいな、と」

「……」

「何も、士官の人たちに告げ口をしたい訳でも、恩を売り込む訳じゃなくて。ただ、そんなにも心配しなくても大丈夫だと言いたかっただけです。──ほら、私たちのよく知る、伊織さんですから」

「……私たちの、ではありません」


 先に話題へと誘導した蓮花自身ではあるが、その態度面倒くさいとは表情に出さないつもりだ。

 ……つい口には出しそうになったけど。

 だが、事の本題はそれではない。

 気を取り直して蓮花は、カレンに対して色々聞きたい事を聞こうとする。


「──そう言えばカレンさんは、これまで一体何してましたか?」

「……貴女に言う事? でもまぁ、酷く退屈な生活でした、とでも言っておきましょうか」

「なるほど」


 一応蓮花は、あの後カレンがどうなったのかは、後々から聞いている。

 とはいえ、詳しくは知らない。

 しかし、伊織や涼音といった面々はその事情や状況などを知っていたらしく、──事実蓮花は所謂蚊帳の外であった。

 けれど、別段蓮花は、収容されていた時のカレンについてあまり興味はない。

 とはいえ、もあるのだが、これ以上踏み入った話はそもそも話してくれると限らないし、それ相応のリスクを孕む。

 早急に聞く必要がない以上、別に今は気にする必要はないだろう。


「──そう言えば伊織さん。大丈夫ですかね」

「……私のこの、華麗なる活躍をお見せ出来ないのは少々癪ですが、伊織さんなら──」



 ──地響きが辺りを揺るがす。

 まるで、地下からなにかが這いあがってくるような、そんな寒気を衝撃を以ってして、は姿を現した。



『──菟ォォォォッ!』



 地の底より響くような雄叫びを挙げて姿を現したは、ミジンコみたいな人々その他などの辺りを睥睨する。

 何という圧倒的な、暴威の塊、か──。

 全長数十メートルはあるかと思われる巨体。本来ある筈の眼球が複数、様々な景色を見ている。そして最大の特徴は、その染まる肌が、被る溶岩をものともせずにただ艶だけを増している一要素に過ぎないか。


「「「……」」」


 此処に集まった誰しも──歴戦な魔法少女たちですらも、その正体に行きつく。

 歴種の"ケモノ”と──。

 ただ暴威を撒き散らす、一国家をも相手取る事の出来る正真正銘な怪物が、真子島にそびえる山頂の頂に鎮座しているのだ。


「……歴種の"ケモノ”。たしか、本作戦において最重要討伐目標とされていた、──


 この真子島を不当占拠している"ケモノ”の主と目される標的に対して、本陣営はこのハイヴ内部の形状から、少数必勝にして精鋭を向かわせた。

 グローリー班の皆は、それ相応の修羅場を潜り抜けた古強者。

 そして魔法少女からは、数少ない歴種の"ケモノ”の討伐の経験がある者と──伊織と涼音の二人がいた筈だ。

 ……いた筈なのだ、と。


 そして、此処に蓮花たちなぞ興味なさげに睥睨する歴種の"ケモノ”がいる。

 ──答えはもう必要なかった。


「──っ!!」

「──っカレンさん!」


 そして、カレンは駆け出した。

 目的地におそらくなどは必要なく、カレンから漂うを鑑みれば、自ずと彼女が向かう方向と行う行為は分かり切っている事だった──。



 ♦♢♦♢



「──っ真子島山頂に強大な魔力反応!」

「……モニターに映像、その他情報を映し出せるか」    

「了解しました!」


 真子島の沿岸部──。

 数ある巡洋艦などある戦艦の中で、轟く声が聞こえる。

 旗艦──。その内部で艦長である皆森賀状は、言われずとも分かる異常を前に嫌な冷や汗を流すのだった。


「……──歴種」


 一国家をも相手取る事のできる"ケモノ”がそこにたちずさむ。

 だが、それくらい賀状はこれまでに相手取ってきたし、無論本作戦もソレを相手取る事を念頭に置いて作戦指揮を取っている。

 余裕とは言わずとも、

 しかし──。


「(……やっぱりを思い出すな)」


 だが、司令官たる賀状が弱音を吐いている場合ではない。

 少なくとも司令官ならば、この危機的状況、啖呵を張らなくてはどうするというものだ──。


「──全支援部隊に通達。これより、仮称【Σ標的】に向けて大規模砲撃を行う。歴種の出現座標に火力集中、飽和攻撃で仕留める!」

「っ皆森大佐」

「分かっている、分かっているとも。確かにこの状況、戦力を温存しつつもいずれあの歴種の"ケモノ”は倒せるのだろう。それ相応の準備を此方はしてきたのだから。」




「──だが、そのが来る保証は、もう何処にもなさそうだがな」




 確信めいたその言葉。

 別に、収集されたデータに何か可笑しな点がある訳ではない。それどころか、いたって正常な値を示している。

 だが、歴戦と己自身が言えずとも、その勘がこの危機的状況を告げるのだ。

 そして、賀状の勘からほんの少し過ぎて、その危機的状況の証明がされるのだった。


「……内蔵魔力量と魔力総量のこの不自然な差」

「──いえこれはっ! !! れ、歴種の"ケモノ”が"存在階位進化”を行っています!」

「なるほど。やはり、か……」


 "ケモノ”という存在は、固定化された生命ではなく、流動する生命である。

 基本的に"ケモノ”は、丙種から乙種甲種へと同じく存在階位進化を行う。そして最終的には、一国家をも相手取る事の出来る歴種へと、その進化を果たすのだ。

 だが、稀に、だ──。

 一国家をも相手取る事の出来る歴種の"ケモノ”が、その更なる上位種──覇種へと進化するケースが存在する。

 その最悪の場合時の脅威度は、複数の国家をも下すほどだ。

 ──たとえ、魔法先進国と呼ばれているこの日本でさえ、一国ではもう勝てる可能性は皆無と言っても過言ではない。


「……恵果君。"乙女課”本部へと連絡を」

「……内容はいかがしましょうか」

「そうだな。──真子島に覇種の出現の可能性あり。至急、帰還者の招集そして討伐隊の編成を求む、と」

 

 突然ながらも、日本防衛の最前線に置かれる事となった彼彼女等。

 そして賀状たちは、不測の事態ながらも、この事態に対しての対処を各自が行い始めるのだった──。



 ♦♢♦♢



 人を容易に焼き尽くすほどの溶岩が溢れ。

 圧倒的な破壊力と威力を以ってした赤熱した石槍が、着弾をし、そして風景全てを破壊していく。


「──はぁっ!!」


 対して、炎舞巻踊る焔のソナタ。

 彼女が身に纏う炎は、敵その周辺を無造作無作為に焼き、辺り一面を焦土化している。

 相手こそ戦術兵器斯く言う範囲と威力を誇っているが、それは彼女も同様で、負けてなぞいなかった。


「──カレンさん、大丈夫ですか!」

「……別に貴女、来なくても大丈夫ですけど」

「カレンさんの事を軽視している訳ではないです。でもコレ、一人でどうにか出来る相手ではないでしょ」


 そして、歴種の"ケモノ”とカレンによって焦土と化す死地に、どうにか蓮花はたどり着いた。

 炎によって照らされる黒鉄の義手を、蓮花は再度戦闘用に切り替える。

 蓮花も如何やらこの死地に展開される死闘に参加するつもりなようだ──。


「別に貴女の手助けなんて要りませんから」

「でーすーかーらーっ! カレンさん一人でどうにか出来る相手ではないと言ってるでしょ!」

「足手纏いって言っているの!」


 ぎゃーぎゃー!

 お互いに騒ぎ立てる彼女等。

 その怠慢とも呼べる大きな隙を、歴種たる"ケモノ”が見逃す筈なかった。


『菟、尾ォォォォッ!』


「うわっと!?」

「──ちぃっ!」


 射出された赤熱した石槍を、蓮花が振るう拳で粉砕をする。

 そして吹き荒れる溶岩を、カレンの操る炎の壁によって防ぐ。

 怠慢から来るその尻ぬぐいと言うべきか、その行為を見事成功された事を指すがと言うべきか。

 ──災害めいた惨状の中で、蓮花とカレンはまだ立っていた。


「だから! カレンさん、手を貸しますと言っているでしょ!」

「……はぁ分かりました。どうせこれ以上、何言っても聞かなそうですし。──ですが、一緒に戦うのでしたら、精々こき使いますからね!」

「──えぇっ! 望むところです!」


 そう言って蓮花とカレンは、一人は喜々として、対して一人は渋々と戦場を共にするのだった。



 /15



「──はぁっ!」


 迫りくる赤熱した石槍。それが複数──そしてかなりの速度を以ってして、当の蓮花へと射出される。

 対して駆けだした蓮花は、それを逸らすような拳撃によって、それを相殺または軌道を逸らす。

 そして、拳を振るった事による体勢の崩れを整えつつ、蓮花は更にその歴種の"ケモノ”との間合いを縮めに掛かるのだ。

 ──そして忘れてはならないのだが、その蓮花の背後には勿論姿がそこにはあった。


「──アイツ。絶対に私が一緒に戦ってるのを忘れていますわよね!?」


 その逸れた攻撃の先には、勿論カレンがそこにはいた。

 だが、それに関しては、元のカレンの攻撃方針にさして影響をしない。


 ──援護担当。


 そしてカレンは、手に集めていた炎を渦のようにまとめ、それを射出する。

 それは、逸れてきた赤熱した石槍を巻き込み、奥にいる当の歴種の"ケモノ”へと着弾をする。さながらそれは、燃え盛る炎の渦のようにその攻撃範囲全てを焼き尽くさんとするのだ。


『菟、ゥゥゥゥ……』


 そして炎が晴れた先、──木っ端微塵となった石槍と、今だそこに鎮座する"ケモノ”の姿がそこにはあった。

 だが、歴種の"ケモノ”とは言え、先の一撃を受けて無傷とは言えない。

 事実、その体には少しだけだけども、炭化した部分が見て取れる。

 あながち無傷とは言えないのだ──。


「──カレンさん、ナイスです!」


 そしてそこに、黒鉄の義手を携えた蓮花が襲来をする。

 それに対して、死角になっていたのか、歴種の"ケモノ”はその反応を鈍らせる。



《柳田流体術、黒鉄打》



 撃鉄めいた打ち込み──。

 その蓮花の一撃による衝撃は、その巨大な体躯すらも浮かせるもの。

 だが、その一撃だけで狩れるほど、歴種の"ケモノ”はそう甘くはない。

 事実、怯んでいたと思われる"ケモノ”が、すぐさま反撃をする。当の蓮花の死角たる足もと──いや地面の中から石槍が来襲したのだ。

 しかし、その背後で戦場全体的に見ているカレンが、十分間に合うものだった。


「あ、危なかったです……」

「……ですから、あまり前に出過ぎないで、と」

「わかりました」

「……」


 しかしこの戦場、一瞬の油断が命取りとなりかねない。

 優勢こそあれど、そもそもこの歴種の"ケモノ”。本来は、総力を以ってして当たるべき強敵だ。

 少なくとも、蓮花とカレンが勝利するなんて事、最初から存在なんてしていない。


「(……でもカレンさん。いえ、私も結局のところ同じでしたね。怒るから言いませんけど)」


 でも、だからこそと、言葉を挙げる。

 蓮花の戦う理由は、誰かのため自分のため。それはきっと傍から見れば、聖人扱いされてもおかしくないもので、けれど彼女はそんな事思った事はない。


「──蓮花さん。集中してください、死にますよっ!」

「……はい」

「ちっ、これだから自己犠牲の権化は!」


 思い通りにいかない。

 ──。

 その怒りをぶつけるように、当のカレンの操る炎の勢いが増す。

 じりじりと──。それを操る当の本人たるカレンにまで、その炎の熱さが伝わってくるのだ。


「(──ホント、気持ち悪いっ!)」


 そして、カレンの手によって操られる業火。

 それは周囲を巻き込み、更なる火力と威力を以ってして放たれた。

 まるで、災害斯く言うほどの、辺りを焦土と化す焔。

 だが何も、



「──っ、蓮花さん!」



「(……。あぁ死ぬんですね。前にもちょっと死にかけた事ありますけど、あまり時間が過ぎていませんでしたね)」



 爪が迫る。

 炎の影から放たれる鋭利な爪で、それこそ魔法少女であろうとも絶命させるのに何ら支障なんてない攻撃が、蓮花に対して迫る。

 死ぬのか──。

 そう思った蓮花の内心は、何処までも平常心だった。

 死ぬ直前に立ち会い、恐怖を乗り越えたからか。



 その時だった──。



『■■■■■!』


 声にもならない、地の底から響くような声が聞こえる。

 その正体が何か。視界が不透明な中で蓮花は辺りを見回すが、正体は案外簡単に見つかるのだった。


「何……ですか、アレ」


 それは異様な生き物──否、アレを生物と分類するのはおかしいのだろう。

 二足歩行に醜い人型の巨人。だが、その瞳や口などといった、生物が生きる上で必要な器官などは存在せず、ただ異様さを際立出せていた。

 そして、人型の巨人というだけあって腕らしきものは存在しているが、その先に当たる手──否、それは手などという文化的なものではなく、ただただ破壊するためだけの銃器が複数備え付けられていたのだ。

 果たして、敵か、味方か──。


「……──まぁアレ。どう考えても味方には見えないよな」

「──っ、伊織さん! それと涼音さんも!」

「どうも。遅れて済まないな」

「あー痛いです……」


 聞き覚えのある声。

 蓮花が反射的に振り返った先には、当然の姿がそこにはあった。

 外見からでは判別付かないが、所々に擦り傷や切り傷などの軽傷を貰っているそうだが、それでも無事と呼べる範疇の怪我だった。


「ははっ、良かった……」


 肩の荷が下りたというより、撃墜したまでの安堵感。

 つい、その場にへたり込んでしまいそうになる蓮花であったが、──今はそんな場合ではない。

 すぐさま、キリっと表情と思考を締めると、今現在起きている事について、蓮花は伊織へと聞くのだった。


「それで伊織さ──」

「──伊織、さーん!」

「……」


 場の雰囲気が反転するような声色。

 それには寛大な心の持ち主である蓮花自身も、少しだけ眉を寄せた。

 もっともそれは、態々誰かが会話に途中から入ってきた訳ではない。その誰かさんの正体が問題なのだ。


「……なんだ、カレンか」

「いえ、『なんだ、カレンか』じゃなくてですね! 私約束しましたから!」

「……あーっ」

「今度、お買い物に付き合ってもらいますからねっ!」


 あまりにも場違いな内容に、思わず蓮花は思考停止してしまっている。

 それも束の間──。

 突然乱入してきたのだから此方も乱入していいと、蓮花はカレンと伊織との会話の中へ強引にねじ込む。


「大丈夫ですかっ!」

「まぁな。節々痛むし滅茶苦茶痛いけど、どうにか、な」

「──一旦後方へ下がりますか?」

「私としても個人的、さっさと下がりたいんだけど、──流石にアレを放置してはなぁ」


 そう言って伊織は、先ほどから聞こえるが響き渡る方向へと、顎で指し示す。

 そこには、先の人型の化物が銃口から火を噴き、歴種の"ケモノ”がその鋭き爪を振りかぶる地獄絵図。その上、艦隊がある方向から支援砲撃が着弾をして、そこはまさに怪獣大決戦斯く言うものだった。

 確かに、と納得する他なかった。


「──これは皆さん。奇遇ですね」

「魔法少女デスガン……」

「別に警戒しなくても良いですからァ。──そして勿論、アレを操っているのは拙です」

「──というと、あの銃器の化物?」

「えぇ。"心象之具現化”と言って、領域と同じ──私たち魔法少女にとっての最終奥義みたいなものかな」


 なるほど。

 伊織には、少し離れた位置にいるアレに、少しだけの心当たりがある。

 ──前に伊織が、旧知の仲である美琴と模擬戦をした時に、アレと似たようなものを見た事がある。

 確か前は"炎を纏った刀”で、今回は"銃器の化物”か。

 イマイチ共通点とやらはッ見つかりそうにないが、どちらも驚異的な力を内包しているようであった。


「──それにしても」

「あぁ、それにしても、んじゃないか、アレ」

「歴種に勝てるなんて最初から思ってないからなァ」


 事実、彼女等の言葉通り、どちらかと言えば此方が押されている状態。

 しかして、艦隊による支援砲撃が加わっているのもあるが、それでも一体で歴種の"ケモノ”を足止め出来る時点で十分な戦果と言えた。

 とはいえ、誉を己の口から語るには、如何やらこの戦いを勝ち抜かなくてはならないらしい──。


「──伊織さん。何か、手はありますか」

「まぁ、あるっちゃあるけど」

「あるけど?」

「──できれば時間が欲しい。具体的にはおおよそ30秒ほど」


 30秒──。

 短いとも言え、また長いとも言える。

 だが、歴種の"ケモノ”相手に無防備かつ無傷で一人を守り切るのは、想像を絶する難易度を誇る。最悪、地面からの石槍や溶岩で、伊織が一撃死なんて可能性十分あり得るからだ。

 確かに、普段の伊織ならば、その程度の攻撃難なく回避できるだろう。

 しかし、「──できれば時間が欲しい」と。

 あの伊織が頼む以上は想像を絶する難易度で、これ以上の策はない、と暗に告げていた。


「──ふぅっ」


 本来ならば、他の手を考えようとする方が楽な気がする。

 こう、みんなの力を合わせてパワーアップみたいな──。そんなあり得ない話。

 しかし、当の蓮花は心を決める。

 何度も見てきた伊織の力への信頼もあるだろうが、──それでもそんな彼女に頼られる事が、これ以上ないってほどに嬉しいのだ。


「──えぇ、えぇっ! 任せておいてください伊織さん!」

「勿論ですわ! 私の一世一代の大舞台、それを伊織さんに見せられるなんて、何て幸運なのでしょう!」

「……ボクはもうボロボロなので、援護にでも徹しておきますねー」

「まァ、精々勝ち船らしく勝ってもらわんとなァ」


 その言葉と同時に、彼女等は散開をする。

 基本的な陣形は、涼音と魔法少女デスガンが囮、そして攻め込まれた際の防衛として蓮花とカレンの二人。

 防衛陣地としては及第点に届かぬとも、この一時だけで良い。

 ──あとは伊織がどうにかしてくれると、そんな期待感すら存在したのだ。


 そして、彼女たちの彼女たちによる、最後の戦いに向けての、──命懸けな時間稼ぎが始まった。


「──確かに私は弱くて、ホント何のために戦っているのか分からないが、──それでも、この心が、魂が、戦えと叫んでいるんだ! あぁ意思は知らずとも、私には引けない理由があって、──私の願いのため、此処でお前を仕留めさせてもらうぞっ!!」




「──強さを捨て弱さを捨て、力を捨て速さを捨て、手前を知る。


 ──我が身映すは、粗削りの抜き身直刀。


 ──この罪過抱くは、夢幻の想成りや。


 ──三神纏いて神衣と成せ。」



 渦巻く伊織の周りを吹き荒れる魔力は、現実世界をも歪ませる。

 そして、それによって生じる紫電は、辺りを破壊する暴威の塊。

 ──しかし、その中心にて事象の主である伊織は、ただ己が精神を集中して立っている。

 これから始まるは、一世一代の伊織の見せ場。

 今まで嚙み合わなかった彼女自身のマホウが、今此処に顕現するのだった──。



「──三神の戦装束っ!!」



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