第081話『真子島攻略作戦11・星光と7つの鐘の音』
『──菟、尾ォォォォッ!」
「──っ、散開っ!」
「「了解」」
遠吠えを挙げ、地面から姿を現した件の石槍──否、水晶かくいうソレは、伊織たちのところにまで伸びようとする。
対して伊織たちは、その危険性を分かっているが故、そのまま散開をするようにして回避した。
その瞬間、身を焦がすほどの熱と、揺るがすほどの衝撃を以てして。
第二ラウンドの鐘の音は告げるのだ──。
「(……──さっき一瞬、何か掴めたような気がしたが。いや、今は目の前に集中しないとなっ)」
何かが変わる──。
そんな漠然とした感覚。
果たして当の伊織は、ソレが何か分からない。確かめる術を知らない。
だが、そんな余分な事を考えていられるほど、同時展開した赤熱した石槍を飛ばして来るその歴種のケモノは甘くなかった。
即ち、強敵──。
そして伊織は、先程の雑念を振り払うように、再度手にした刀──絶海制覇を握り直すのだ。
「──確かァ、魔法少女グレイと言ったかァ」
「それがどうした」
「拙が隙を作る故、貴様が突撃しろ」
「人の指図は受けたくないんだが、私もじり貧、か。──なら良いだろう。たとえどんな思惑があろうとなっ──!」
そして、回避重視だった走向から、切り返した上に更なる加速を以てして突っ込む伊織。
だが、そんな伊織の前に展開されるは赤熱した石槍。
確かに伊織ならば、その全てを捌いた上で間合いを詰める事も可能だ。
しかし、決定打がこの場の誰にもない以上、それに意味はない。
けれども当の伊織は、それでも前へと進む。
そして──。
「展開、装填、──抜錨」
突撃をかます伊織の背後から、複数の援護射撃が放たれた。
だが果たして、銃弾程度で相殺できるか。
否だ──。
たとえそれが、所謂特別性な『V弾』だろうとも、所詮はただの火器程度の威力でしかない。
だからこそ目を疑うのだ。
「──へぇっ。少し、侮ってたかもな」
弾ける。
弾ける。
後方から放たれた援護射撃は、そのまま伊織目掛けて飛来する赤熱した石槍に着弾。そして、その衝撃を以ってして、当の彼女にたどり着く前に空中で処理をされる。
「さっさと行けよ。精々、拙の頑張りを無駄にせぬようになァ」
「こいつはどうも。──私も、踏ん張りを入れなくちゃなぁっ!」
《柳田我流剣術、朧》
そう言って伊織は、再度迎撃を開始する歴種の"ケモノ”の懐へと飛び込む。
しかし、伊織自身に有効打はなかった筈だ。その事実を、彼女本人が言ってたのだから。
だが伊織とて、何も無策で突っ込むほど馬鹿ではない。
勿論、有効策あっての事だ──。
『──菟ッ』
「やっぱりか。確かに見た目に反した硬さだろうけど、その厚さは万能ではないだろう!」
「──伊織っ!」
「付け根関節、それに眼球なんかも特別脆い!」
伊織の振るった刃が、歴種の"ケモノ”の堅牢な装甲である表面を避けるようにして、特段脆い部分に走らせると噴き出す血飛沫。
動きと魔力の流れから察知をした、伊織の人外さを際立たせる。
《黒澤流弓術、一矢》
そして、間髪放たれる涼音の援護射撃。
それはきっと、相手の能力値から判断した完璧なタイミングだったのだろう。実際涼音とて、自身の矢が当たる事は紛れもない事実として認知していた。
だからこそ、ソレは異様にも映ったのだ。
──避けた、のだと。
「──っ伊織!!」
「あぁ。おかげで完全に罠に嵌められるところだったよ。ホント助かった」
それでも、伊織が無傷でた明日買ったのは僥倖と言わざるを得ない。
確かに涼音自身、少しばかりの至上がある事を認識している。
だがそれ以上に、下手に前衛を張れる伊織の負傷を少なくしたいとの思惑もあった。何せ、此処でまともに前衛を張れるのが、当の伊織しかいないからだ。
『──菟、ォォォォッ!』
その叫び。
ハイヴ内に響き渡る低い声。
思わず、耳を塞ぎたくなるような衝撃と化した叫び声は、辺りに変化もたらした。──もっともあまり、歓迎したくないものなのだけど。
「──っこれは!」
「まさかァ、拙等がある程度処理してきたとはいえ、──まだ残っていたかァ」
「──っグローリーリーダーより各機。孤立するなよ! 密集体型で敵性個体を処理しつつ、
「「了解っ!」」
伊織たち──特に、涼音や魔法少女デスガン、それに加えてグローリー班の彼彼女等の視線の先。
そこにいたのは、視界を埋め尽くすほどの"ケモノ”の群れ。
編成は丙種と乙種、それを侮る事勿れ。少なくとも、この視界を埋め尽くす総数だけでも数百匹はいると考えれば、個々の戦力差なぞ簡単に覆せるだろう。
《柳田我流剣術、白疾風》
しかしそれでも。
伊織は、遠吠えを閉じた歴種の"ケモノ”に対して斬撃を振るう。
だが、その都度入る不特定多数の致死性を内包した邪魔。
それらを対応し、更に加速するようにその刃を振るう伊織の姿は、正しくその名に相応しい働きと言えた。
『菟、菟ゥゥゥゥ』
それに対して歴種の"ケモノ”は、ただただ縮こまるだけだ。
諦めたか、無意味か。
しかして実際、ある程度の防御態勢を歴種の"ケモノ”自身が取れば、伊織の斬撃の効果は半減どころの話ではなく、殆どない。
あくまでも伊織の技は、当たり前かもしれないが刃が通る事が条件だ。
「──っちぃっ!?」
故に、どれだけ周りの"ケモノ”を処理をし、更なる加速を以ってした斬撃を用いたとしても。
──伊織の一手は塞がれた。
だが、その言葉が意味するは、何も完全にではない。
一国家相手に戦える歴種の"ケモノ”とはいえ、その残存する体力には限界がある筈。
それを伊織も知って、再度追撃を仕掛ける──のだが──。
『菟、菟ゥゥゥゥ尾ォォォォッ!!』
「──おいまさかっ」
伊織の表情が、初めて歪んだ、青くなった。
それはこれから起きるであろう惨劇を予測すれば当たり前で。
事実、伊織の言葉と歴種の"ケモノ”の動きに何かを覚え、そして涼音と魔法少女デスガン、そしてグローリー班はその場からの退避と動き出すのだったが。
──それはあまりにも、遅かったと、言わざるを得なかった。
『──尾ォォォォ、尾ォォォォッ!!!』
惨劇は訪れた──。
突如として歴種の"ケモノ”の、本来彼等にはある筈もない体毛が逆立った、展開されたかと思えば、それらは無差別にも一斉に発射される。
それらは全て、先ほどまでの赤熱した石槍と、同様の効果を内していた。
爆破──。ハイヴ内を揺るがすほどの衝撃。
「──おいグローリー5。さっさとこっちに避難しろっ!」
「あぁ、ありが──と──あ゛っ!?」
「お前──……っ」
「あ゛──がっ──あ゛っ!?」
……言葉が消えた。
グローリー5と呼ばれた彼に着弾をする鋭き棘状の体毛──否それは棘に近かった。
その速度、その威力だけでも、強化スーツに備え付けられた防護機能すらも容易に貫けるだろう。
だがそれは、明らかなまでの過剰威力──。
彼に着弾した棘は、そのままそれ自体が爆散を果たし、辺りに"元彼”だった肉が四散する。
「──っ、グローリーリーダーより各機。今何人残っている」
「此方、グローリー1~4。グローリー3が脱落っ!」
「此方、グローリー5~8。損害軽微、戦闘続行に支障ありません」
「此方、グローリー9~12。重症者多数、グローリー12が脱落しましたっ!」
「クソっ! 思ったよりも減ったな」
現状把握。
強化スーツである『火雷』を纏ったグローリー班の現状は、あまり芳しくはない。
死者数だけ見れば、損害があるとはいえ、まだ戦闘続行すらも出来るだろう。
だが、重傷者の数が多過ぎる。
そんな彼等の戦闘離脱。そして、それに割くマトモな奴を寄越すとすると、当に戦闘続行は厳しいと言わざるを得ない。
また、見捨てるという選択肢も、この"ケモノ”が多数いるであろう空間内では、態々見捨てる事による利益が少なすぎるためそれはナシだ。
よって彼等は、厳しい二択を強いられる事になる──。
「……いっ──っ魔法少女グレイは大丈夫ですかね」
「まぁなァ。だが、あまり彼女の戦闘を見ていない拙であるが、彼女なら無事だと思うぞ。──逆にお前の方が心配性というものだァ」
「そうでしょうか」
対して、魔法少女チーム(仮)。
此方損害は、思ったよりも軽微だった。
確かに気付くのが伊織よりも少し遅れたものの、涼音の敏捷性に富んだ身体能力や、後衛系特有の身体能力の低さ故思ったよりも動けている魔法少女デスガン。
彼女等はどちらも、戦歴を積み重ねた魔法少女同士。
かすり傷こそあるものの、戦闘続行に何ら支障はない──。
「──それにしても。さっきから魔法少女グレイが見えませんけど」
「多分、アレだと思うなァ」
「……アレ」
そして最後に伊織は、──空中にいた。
そのまま、体を翻すようにして最低限の対捌きによる回避。そしてそのまま伊織は、壁に張り付いた。
──地を砕くようば踏み込み。
まるで、迅雷を思わせる加速を以ってして伊織は、歴種の"ケモノ”に対して接敵をした。
「──っおりゃぁ!」
《柳田我流剣術、第三秘剣・天翔五勢ノ剣》
そして、雷が堕ちた──。
轟雷を以ってして放たれた伊織の一撃は、目に留まらぬ速度と威力を以ってして歴種の"ケモノ”に直撃をしたのだ。
『菟、尾ォォォォッ!』
初めて、歴種の"ケモノ”が戸惑うような声を挙げた。
無理もないほどのその装甲の厚さ。確かに並みの銃弾、たとえミサイルの類を以ってして、見た目はそれほどではないその堅牢な装甲に対して──初めて通じたのだ。
「(もういっちょっ!)」
「──っ伊織待ってください!」
その時、何処からともなく誰かの声が聞こえる──。
それは伊織も知っている、涼音のものだった。
しかしそんな伊織に、少しだけの疑問が付き纏う。
──確か、今日に限っては伊織ではなく魔法少女グレイと呼んでいて。
「──伊織。ソレは遠距離戦と得意とした個体じゃありません、近接戦を得意とした個体です!」
その涼音の衝撃的な言葉と共に、伊織は自らに覆いかぶさる影に気付く。
まるで、一連の行動がスローモーション──。
しかして、伊織がゆっくりと影の本体がいるであろう方向へと視線を向けると、──そこには鋭利な爪を振りかぶる歴種の"ケモノ”ないし地獄の獣がそこにはいた。
「──っ!」
人を容易く解体する鋭い爪、岩盤すらも打ち砕くその前剛腕。
それを伊織がどうにか受け流すが、──本当にどうにか、だ。あと数秒伊織の反応が遅かったら、伊織が涼音の言葉に気付かなかったら、伊織自身実際生きていないだろう。
『菟、尾ォォォォ!』
「──っ糞っがぁ!」
そして二撃目。
伊織自身先の一撃を受け流したとはいえ、彼女の体は死に体だ。
そんな伊織に向かって放たれる、死を内包した鋭き爪。
だがそれも、伊織は受け止めた。正しく、彼女自身の能力の高さの証明と言っても過言ではない。
だが、受け止めたのが不味かった──。
確かに伊織自身、人間の身に収まらぬ身体能力を元来備えているとはいえ、所詮は人間の系譜に過ぎない。
一国家をも敵対出来る"ケモノ”に対しては、あまりにも分不相応だった。
「──っ伊織!」
そして伊織、吹き飛ばされた。
圧倒的な運動能力を以ってして、その彼女の体は壁──先の一撃にて瓦礫となった中に叩き込まれる。
たとえ伊織自身、あの一撃をもろに食らったのならば無傷どころか軽傷で済む筈がない。最低でも、復帰までの時間はそれ相応には必要となるだろう。
『菟、尾ォォォォッ!』
「──させませんっ!」
「魔法少女グレイを援護しろっ!」
「「──了解!」」
──だがそれを、人類の敵たる歴種の"ケモノ”が待ってくれる筈もない。
その純然たる事実を、この場にいる人類の防人等は知っている。
故に、彼彼女等は伊織を守るために援護を再度開始する。それは誰かを救いたいというものではなく、ある意味打算。
いや、それすらも超えて、それはある意味自然的な行為。
──魔法少女グレイが、この日本の危機に対して対処できる、数少ない
だが、甘かった。
甘すぎたのだ。
『──菟、尾ォォォォ!』
──自らに標的が向く事を、その歴種の"ケモノ”は待っていたのだ。
「──これは、不味いなァっ」
「──っ!?」
「総員、すぐさまその場から退避し──」
「あ゛──」
「……──」
「からだが──……」
噴き出した、圧倒的熱量を内包した溶岩の波。
目の奥が痛くなるような、圧倒的な光量。
本来、愚鈍なそれは、常識外に至る流麗なる速度を以ってして、彼等に対して襲い掛かった。
──被害者に言葉はない。
数千度を誇る溶岩に対して、人なんて脆い炭素生命体に過ぎない。
溶岩が傍に近づいただけで人は身動きをなくし、そのまま炭化をし、──最後には何も残らなかった。
「……──」
「糞……」
『菟ゥゥゥゥ尾ォォォォ!』
そして、回避行動の取れない空中。
涼音と魔法少女デスガンは、その惨劇たる一連の出来事をただただ見る事しかできなかった。
──彼女等に、それをどうこうする術はない。
勿論彼女等に、その惨劇の責任がある訳でも、逆転なんてできないのだけど、それはそれな話だ。
「──っ!」
そして、先の惨劇を起こした歴種の"ケモノ”が遠距離攻撃を得意とした個体ではなく、近接戦を得意とした個体。
一瞬の躊躇。
一瞬の油断。
──それはあまりにも、致命的と言えた。
剛腕、破滅。その暴力的なまでの運動能力を受け流す術は、涼音と魔法少女デスガンには存在していなかった。
──ぐしゃり。
自身の肉が潰れる音。
それと同時に、鈍い痺れと痛みを感じた。
いや別に、痛み自体はそれほどではない。だが、その痺れはあまりにも致命的で、それが神経系の怪我だと認識をした。
その証拠という訳ではないのだが、当の涼音はその指一本すらも動かせない。
走馬灯は流れない。──ただすぐそばに絶望があるのを、幻ながらも知覚している。
「(……──死ぬんですかね)」
不意に漏れた思い。
♦♢♦♢♦♢
魔法少女アーチャーこと──黒辺涼音には、魔法少女になってまで叶えたい願いなんて、はなから存在していなかった。
意味不明と思うかもしれない。
ただ、自らの寿命を縮めるだけの、自暴自棄じみた行為なのかもしれない。
そして涼音自身、誰かを助けたいと思うほどの献身は、存在していないし態々する事でもないのだ。
なればこそ、何故黒辺涼音は魔法少女になったのか──。
……決まっている。
意味なんてない。
意義なんてない。
救済を求めるほど、妄信的で終末的ではない。
涼音の人生、何かを求めるほどに期待をしている訳ではないのだ。
──あぁでも。
「(……──でも、何かを忘れている気がします)」
輝く星を見た。
祝福を告げる7つ鐘の音を聞いた。
人の意思、怨嗟流れる河の中でそれらを見聞きした。
それが何かなんて知る術も由もない涼音にとっては、どうても良い事だ。そもそも、これは所謂走馬灯で、これからの彼女の人生にあまり関係のないものである。
でも──。
「──綺麗」
純粋無垢な子供のように、涼音はそう誰に伝えるでもない感想を紡いだ。
手を伸ばしても届かない。
走っても走っても、涼音があの輝く星や祝福を告げる7つの鐘の元にたどり着けないのだ。
おそらく、黒辺涼音にその資格はない。そう自覚できるほどに。
でも──だからこそと言うべきか──。
──その輝きに焦がれる事は、ある意味仕方のない事である。
🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷
お疲れ様です。
感想やレビューなどなど、お待ちしております。
第三章については、あと少しで終わる予定ですね。……完全に設定盛り過ぎて、長くなり過ぎた。
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