第080話『真子島攻略作戦10・絶海の原と地獄の獣』
「──そう言えばですね、伊織」
「ん、何っ? ──って、滅茶苦茶攻撃が来る!?」
瓦礫と共に伊織と涼音は、"ケモノ”の を落下していく。
モニュメントの崩落ではない、殺意を持った攻撃だ──。
その証拠と言っては何だけど、先ほどから主と思われる"ケモノ”から放たれる、伊織たちの足場を崩壊させたあの一撃──赤熱した石槍が彼女たちの傍を穿って行く。
「(別に、此方の座標を正確に把握はしていない、か)」
しかしてある意味、先の一撃は迎撃行動に近い。
勿論、その一撃やこうして放たれている赤熱した石槍も殺意こそ込められているとはいえ、この長距離ぶち抜き狙撃を出来るほど、精密性や狙撃に特化している訳ではないらしい。おそらくは、中距離で放つ弾幕に近いものだろう。
だが、油断は禁物だ──。
迎撃行動とはいえその一撃は、『炎雷』を着込んでいたとしても、容易に人を絶命させる事が可能だろう。
たとえ
ソレはきっと、歴戦の魔法少女でさえ役不足な相手には違いない。
『──菟、菟ォォォォ!』
炎を纏った"ケモノ”──いや形状からしてライオンなどの肉食動物を思わせる風体のソレは、地獄より聞こえる深い遠吠えがハイヴ全体を木霊する。
恐怖すら駆られるその遠吠え。
さりとて、戦意鼓舞に過ぎないもの。
しかしてそれは、あまりにも根源的恐怖を煽るに足る、黒き恐怖。
そして、ある意味伊織と涼音に対しての、宣戦布告と受け取れた。
「──ぐっ!?」
「涼音っ!」
「……大丈夫ですから。先に行っててください!」
宣戦布告。
それは何も、伊織と涼音が落下している先にいるであろう歴種の"ケモノ”だけではない。
何も、このハイヴ内の"ケモノ”がソイツだけではない。
──それを証明するかのように、ハイヴ内部縦穴上部から降ってくる"ケモノ”の数々。
《黒澤流、白疾風》
それを咄嗟の射撃にて迎撃したのは、流石涼音と言うべきもの。
しかし、自由落下をしている涼音に、その縦穴の壁をぶち破るようにして襲撃をする"ケモノ”。
対して涼音は、どうにか防御自体は間に合ったのだが、そのまま突撃をかましてきた"ケモノ”と一緒に瓦礫となった壁の向こうへと消えてきた。
「(──糞っ!? 数が多いし混乱で見逃した、かっ!)」
自身の能力を過信し過ぎて、そして後悔をする伊織。
しかし、涼音の声だけは聞こえてきたのだから、少なくとも生きている事は間違いない。
──安堵をすると同時に、最後気を引き締める。先ほど以上に。
何も、"ケモノ”に襲撃をされた涼音だけが危機的状況ではない。
この急設の縦穴の先に、この惨状を作り出した歴種の"ケモノ”に対して単騎で挑む事になった伊織もまた、それ以上の危機的状況と言えた。
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「──相変わらず"ケモノ”が多いっ!」
先ほどからハイヴ内を自由落下をする伊織──。
だが、その歴種の"ケモノ”がいるであろう地点までの
《柳田我流剣術、神薙》
赤熱する石槍。
襲い来る"ケモノ”の数々。
それら致死的障害を伊織は、受け流し切り刻み、地獄のその先へと落ちて行く。
そしてソレは現れた──。
『──菟、菟ォォォォ!』
名の通り獣だ。
その強靭な体からは、離れていても分かるほどの熱量を放つ焔の毛を生やす。
そしてその全長は、優に50メートルを超える。この空間がかなり広い事が、当の伊織にとって幸いとしている。
武器はその強靭な肉体から放たれる斬撃か、或いは先ほどの赤熱した石槍などの異能を使用した類か。
「(……──強いな、コイツ。"ケモノ”を恐れているのは少し疑問だったが、──あぁなるほど。警戒をするだけあるというもの、か)」
関係はない──。
当の伊織にとって、そこはまさしく死地。久しぶりとなる命がひりつくまでの、生命活動の危機である。
そして、懐かしいほどの手の震えに感覚を合わせるのだ。
『──菟ゥゥゥゥ』
対して、一国家を相手に出来る歴種の"ケモノ”──或いは、地獄の炎を身纏う獣は、落下してくる伊織を認識する。
強敵か、難敵か。
──その答えなんて分かり切っている。
警戒一色にその"ケモノ”は、雄叫びにて戦意鼓舞をするのだ。
「……」
『……』
これは死地。
或いは、乗り越えるべき壁なのだろうか。
嗚呼いずれにせよ。
この絶海の原を越えて行け──。
『菟、ォォォォッ!』
「──っ!」
《柳田我流剣術、朧》
歴種の"ケモノ”が、その周囲に展開をした赤熱をしや石槍を放って来る。
正しく、射撃斯く言うもの。
それに対して伊織は、無防備に晒された空中にて回避なぞ出来る筈もなく、正面から障害を叩っ切る。
そして、その内の一本──それに体を前転させるようにして溜めの体勢へと入ると、そのまま敵との距離を最短にて詰めてきた。
《柳田我流剣術、轟雷割り》
そして振るわれる必殺の一撃。
伊織自身、先の踏み切りも相まって、更なる加速を手にする。その速度その威力、正しく大地を割る雷のようにも思えた。
だが──。
『菟、菟ォォォォッ!』
「──まさか、私の一撃が受け止められるとは思っていなかったな。だが、面白いっ!」
突如として、地面から出現をした石柱。
だが、それが何だというのだ。実際伊織は、その石柱ごと背後にいるであろう歴種の"ケモノ”に対して、渾身の一撃を叩きつける気でいたのだ。
だが、斬れない──。火花を散らしつつも、伊織の振るう刀がそれ以上通ることはなかった。
「──はぁっ!?」
そして、その伊織の一撃を受け止めた石柱は、爆散をする──。
リアクティブアーマー──その衝撃と云わんばかりの性能。
そして、熱と衝撃を以ってして、伊織の体は宙に浮いていた事も相まって、そのまま後方へと吹き飛ばされる。
問題はない。
衝撃自体がそこまででない事から、体勢を整えた伊織は体を回転をさせて、砂埃を上げるようにして着地を果たす。
『──菟、菟ォォォォ!』
そして追撃──。
体勢を崩れた伊織の隙を見逃す筈もなく、歴種の"ケモノ”は多重展開をした赤熱した石槍を放つ。
「──」
その光景、絨毯爆撃斯く言うものだ。
とはいえ、伊織も絨毯爆撃程度で死ぬほどの未熟者ではない。
伊織目掛けて放たれた赤熱した石槍は、そのまま跳躍にて回避。宙に浮いた伊織に対して次点の手として放たれた第二射は、その全てを切り刻み、そして最後の着地をした後に来たものはその万全なる斬撃にて処理をされる。
爆破。──赤熱した石槍にも先ほどの石柱同様の効果を内していたのか、伊織の背後でその残骸が爆発を果たすのだった。
「……」
『……』
膠着をする。
静寂に包まれる。
何も、お互いに打開策がない訳ではない。
お互いが、お互い同士に、決して油断が出来る相手ではない事を理解をする。
──目の前に立つ相手は、全力で相手をする必要があるのだ。
そして、その静寂拮抗は、伊織の一足飛びにて破られた。
正しく疾風迅雷──。
そして歴種の"ケモノ”も、炎撃による波が伊織に対して放たれた。
絶対絶命、か──。
いや、だからこそ伊織は、そのまま突き進むのだ──。
《黒澤流弓術、影撃》
「──総員、射撃開始ッ!」
伊織も目した通りだ。
伊織と歴種の"ケモノ”──その二体の頭上に開ける大穴。
そこから放たれるは、蓮花と魔法少女デスガンなどの豪雨の如き矢と銃弾による射撃だった。
当の伊織は、ある程度予測していた事だ。そのおかげで、かすり傷程度だったが、歴種の"ケモノ”の体を傷つける。
「思っていたよりも脆いのか。──だがその前に私は、目の前のコレをどうにかする必要がある、かな」
だが、伊織の目の前から押し寄せる、炎の波。
普通なら回避をすべきだ。少なくともそれは、伊織の体でさえ容易に炭化をする事が可能だろう。
それでも伊織は、突き進む。
無謀でも、ましてや無知ではない。
伊織自身、可能だと思うからこそ突き進むのだ──。
《模倣剣術、絶火焔裂き》
炎の波が斬れた。
モーゼ斯く言う所業。
海と炎の波と言う規模と違いことあれど、それでも不可能を可能にした一撃であると言えた。
「──」
《柳田我流剣術、轟雷割り》
炎の海を越えた伊織に待っていたのは、絶好の機会かチャンス、或いは進撃か。
そんな猛勇な伊織の姿を見て、何か対処をしようと動き出す歴種の"ケモノ”。
何かあるのか。──しかして絶好の機会である事には変わらず、そのまま斬撃を放つのだった。
だが──。
「──マジ、かっ!?」
その渾身の一撃──生な装甲すらも両断するであろう伊織の一撃。
それを歴種の"ケモノ”は、振り上げられた前足で受け止めるのだった。
受け止められた事に驚いたか。──いやそれもあるだろが、それ以上に獣だと断じていただけに、相手がまさか二足歩行である事に驚愕をする。
強靭な肉体を持つ、二足歩行獣──。
その意味を一瞬にして理解をした伊織であったが、その理解はもう数瞬前に気付くべきだったのだ。
「──っ!」
『──菟、唖ァァァァッ!」』
「──伊織ッ!!」
肉体差に大差あれ。
そのまま、純粋な身体能力差によって吹き飛ばされる。
しかして伊織は、どうにか着地を果たすのは、流石としか言いようがない。
だがその追撃──歴種の"ケモノ”の長さ10メートルはあるであろう強靭な尾による薙ぎ払いは、最初こと伊織は受け止められたのだが、最終的にはその衝撃によって後方の壁へと再度吹き飛ばされるのだった。
「──ぐ、──あ゛がっ!?」
軋みを上げる肉体。
骨は何本折れたのか分かったものではない。
おまけに、瓦礫と化した壁に叩きつけられた衝撃により、一種の神経的な麻痺状態へと陥っていた。
要するに、伊織に体はどうしようもないほどに動かせないでいるのだ──。
「伊織!? ──ちぃっ!」
「──グローリーリーダーより各機。至急その場から前方へ退避しろっ!」
「「──っ了解!」
そして、その強靭な尾による薙ぎ払いは、何も伊織だけに留まらなかった。
その一撃は、壁を抉るほどの薙ぎ払いを続け、涼音と 等がいるであろう地点を一閃。その正確さは、彼女等が退避を選択した時点で分かり切っている事だ。
宙にその身を投げ出した涼音は、そのまま身を翻して猫斯く言う姿で着地。
対して も、ブースターによる噴射で着地をするのだった。
──追撃はない、らしい。
「……伊織。大丈夫ですか」
「ぶっちゃけかなり痛い。それより名前──私の名前は魔法少女グレイって言っただろう」
「それくらい軽口を叩けるなら良かったです」
「思ったよりも時間、貰えたからな。おかげでどうにか動けるようになった」
「──魔法少女デスガン」
「まぁ、どうにかなるさァっ、グローリーリーダー。──それは拙の矜持に掛けて」
「……」
「だから精々、勝ち馬を援護するくらいの気概を見せて欲しいなァ」
「……──あぁっ! これくらいの逆境、何度だって越えてきたさっ!」
「「応っ!」」
一種の硬直状態。
けれどそれは、あまりよろしくない状況であった。
「──伊織。これはちょっと不味いですね」
「まぁな。膠着状態と言えばそうだけど、これ一種の危機的状況だからな。私の斬撃があまり効果ないし。──そっちこそどうだ?」
「ボクもですね。伊織の斬撃があまり効果がないようでしたから、ボクの矢も大して変わらないと思いますけど」
「そっかー」
そう、今現在伊織と涼音に、目の前で警戒態勢で此方を観察している歴種の"ケモノ”に対しての打開策が存在していない。
確かに伊織と涼音、そのどちらもがかなりの練度を誇る、それこそ上澄みレベルの魔法少女と言えるだろう。
だが、そんな伊織と涼音のメインは、あくまで物理攻撃。──雫やカレンのような特殊能力でもなければ、例外を除くが特殊効果を孕んだ武器術の類でもない。
「──それで魔法少女デスガン。そちらは?」
「まぁなァ。打開策はあるにはあるがァ、ちと不安定要素が多いからなァ」
「なるほど。手がないと」
「……少しは、奥の手とでも言ってくれんかなァ」
そして、魔法少女デスガンは少し違う──。
奥の手。
おそらくは、例の"心象之顕象”だろう。
"マホウ”すらも使えぬ身ではあるが、それくらいの予想は付くというものだ。
そして、その絶技を受けた伊織自身だからこそ分かるが、アレは戦況すらもひっくり返せる。まさしく、戦略級の と言えよう。
だが、その消耗の激しさは折り紙付きだ。
故に、奥の手と言えようとも、不安要素が付き纏うのは必然であろう。
『菟、菟ゥゥゥゥ……』
対して、歴種の"ケモノ”──地獄の獣斯く言うソイツは、碌な外傷が存在していない。──伊織の斬鉄すらも可能とする一撃や、銃撃による一斉射撃などを受けても、だ。
その上、体力に関しては、人間と比較にならないほどの保有量。
身体能力でも圧倒的で。
飛び道具に関しても、人──それこそ魔法少女でも容易に殺せるであろうものを、斉射すらも可能としているのだ。
しかもおそらく、まだ本気を出していないのだろう。
「(……ホント。頭が痛くなる話だなぁ)」
嗚呼本当、頭の痛くなる話だ──。
伊織自身、自らが弱い存在だと思った事はなかった。
伊織よりも強い──それこそ格上の相手すら引き分けないし勝利にまで持って行っていたのだ。
それは驕りではない、純粋なまでの真実。
けれど、そんな伊織の前に現れた強敵である歴種の"ケモノ”が現れた瞬間、何を思ったのか。
──負けはしないと、そう思ったのだ。
確かにまともに戦って奥の手を所持している伊織自身、負ける筈がなかった。最悪、引き分けにまで持って行けばいいと、そう思っていたのだ。
だが、勝敗を此処にて決する必要がある。
その上で言おう。
──
散々、身体能力が優れていようとも、武術が優れていようとも。
それは一個人の話だ──。戦争という舞台の上では、精々伊織は武術に優れた武人でしかない。
──英雄にはなり得ないのだ。
故に──だからこそ。
心をくべろ。
生命を燃やせ。
冬の荒野に焔を灯す。
あの日失ったものを取り返すため。
この身が朽ち果てようとも──。
──生きる事を選んだのだから。
🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷
お疲れ様です。
感想やレビューなどなど。お待ちしております。
えっと。かなり投稿しませんでしたが、ぶっちゃけ日常が忙しいです。
おかげで、ストレス過多と食欲不振ががが……。
まぁ出来るだけ頑張ってはいますが、もう少し"2週間に1話のペース”となりそうです、すみません。
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