第079話『真子島攻略作戦9・炎の化身』

  “ケモノ”の巣穴の内部は、よく見る洞窟造りだった。

 しかし、少し進んで伊織は、その感想を改める。──それくらいまでの、ある意味衝撃的な内部だったのだ。


「──何だ、……これは」


 伊織が驚愕するのも無理はない。

 特に伊織が驚愕したのは、壁に刻み付けられた幾何学模様の魔法陣だ。

 魔道具を扱う伊織としては、それなりの魔術や神秘的な知識を保有する。流石に、その道のプロには敵わないが、広く浅く知識を貯め込んだためか、ある程度の取っ掛かりぐらいは手に入る……筈なのだ。

 しかし、伊織の記憶に、このような魔法陣の記述はなかった。

 少なくとも、神秘的な世界の中でもかなりマイナーなものか、それとも元々ものだろうぁ。

 それを確認する術は、伊織にはなかった。


 ちなみに、涼音の様子はというと、特に問題なくいつも通りだったりする。

 涼音は何度か“ケモノ”の巣穴に突入した事があるし、そもそもそちら方面に知識がないからだ。

 そして、伊織の様子が何やらおかしいと思ったのか。心配そうに、彼女の事を覗き込んでくる、涼音の姿がそこにはあった。


「……伊織。どうかしましたか?」

「いや別に、何でもないよ。うん、何もなかった」


 いや、それよりも。


「そう言えば、名前に関しては問題ないのか?」

「えぇ。通信が入ってきたり、また会うまでは特に気にしなくてもいいでしょう」


 詰まる話が、たとえ任務中でも他のメンバーがいない以上、特にその必要はないらしい。

 いや実際、それでは規則上かなり不味いと思うのが普通だろう。一応、魔法少女という存在があやふやだとはいえ、今現在臨時で軍隊に組み込まれている以上、それに従うべきである。

 しかし、どうも涼音は伊織の事を、名前のさん付けなしで呼びたいらしい。

 それで結果、最終的には──適材適所に呼んでいるみたいだ。


 と、そんな風に話が逸れてしまっているけど、──それよりも、聞くべき事があるだろう。


「……なぁ、涼音。お前は、“ケモノ”の巣穴の最深部まで行った事があるか?」

「一応、ボクも魔法少女の一人ですから、何度かありますよ」

「そう、それなら丁度良かった。私なんて魔法少女になったばっかりで、巣穴の内部構造なんて知らないからな」


 丁度良かった。

 もし、伊織一人で攻略しろなんて話だったら、何日も人を喰らう“ケモノ”の巣穴で過ごさなければならなかった筈だ。流石の彼女とて、それはかなりキツイ。

 また、あまり知らない魔法少女と合同だった場合にも、伊織の気は休まらなかっただろう。


 人を喰らう、殺戮の“ケモノ”の巣穴だというのに。


 酷く、


 酷く、


 日常の一コマのようで、平穏で──。



 ──だからこそ、唐突に終わりを告げるのだ。



「──っと、な、コレ」

「──えぇ。このままでは、かなり不味いですね」


 何かを感じ取ったのか、伊織と涼音はそこの、岩場の影へと隠れる。

 岩場の影というのは、あまりにも心許ない。けれど、隠れている本人たる伊織と涼音ならば、隠形の類で“ケモノ”たちから逃れられるだろう。それに加えて、抜け道がすぐそこにあって、これ以上ないほどのだ。

 そしてそれは、ギリギリだったのだろう。


『異コ菟、異コ菟』

『音エ、音エ』

『菟、ゥゥゥゥ』


 声が聞こえる。

 人を喰らう“ケモノ”が発する、酷く、醜い、それでいて楽し気な声。

 それが、通路を埋め尽くすほどの数に、溢れかえっているのだ。これには、伊織と涼音も、顔を顰める他なかった。


 勿論、伊織と涼音なら、勝つ事も出来ただろう。

 しかし、態々不利な対面で馬鹿正直に戦うほど、伊織と涼音は阿保ではない。

 そもそも、伊織と涼音に任されたのは、この“ケモノ”の巣穴の最深部に到達する事だ。それを寄り道してまで、更に危険を犯しつつも行う必要はない。


「……そろそろ、移動しようか」

「……えぇ、そうですね。伊織は兎も角として、ボクはまり隠形は得意ではないですからね」

「よく言うよ。なら、どう考えてもお前の方が上だろうに……」



 /13



 それから少し進んで、“ケモノ”がいないであろう通路へと、伊織と涼音はたどり着いた。

 勿論、“ケモノ”に遭遇しない保証なんてない。その時はきっと、伊織と涼音の予感が嗅ぎつける事だろう。

 ──詰まる話が、会話をする程度の余裕はある。


「……なぁ、涼音。さっきは聞き忘れていたのだけど、巣穴ってどんな感じなんだ?」


 ふとした疑問。

 けれど、伊織の前知識に“ケモノ”の巣穴についてのものはないため、このままではかなりの足手纏いになってしまう。

 それは流石に、伊織が望まない方向。もし、そのまま彼女が碌に情報を知らないまま進もうものなら、作戦が終わった後の自宅で丸くなっている事だろう。


「そうですね。──なら、最深部に向かうがてら、少しだけ大まかなレクチャーでもしましょうか」

「あ、よろしくお願いします」

「ふふん~。伊織の頼みなら、報酬込みで聞いてあげますとも」


 “あ、報酬は必要なんだ”。そう思う伊織なのであった。


「──ではまずはじめに、“ケモノ”が一体か分かりますか?」

「? ソイツ等の巣穴についての、話の流れかと思っていたのだけど、違うのか?」

「まぁ、巣穴の構造を知る前に少しだけ寄り道をした方が、分かりやすいですし。それに、まだまだ最深部への道のりは長いですし、“ケモノ”の気配もないですから」


 知識を共有する前に、他の情報を関連付けた事による、認識の差を埋めるためなのだろうか。下手な認識の差は、説明全てをご破算する可能性を秘めている以上、確かにそれは必要経費の類なのだろう。

 とはいえ、確か前に伊織が“乙女課”で聞いた話が全てかと思っていたけど、──これって本当に聞いていい話か、とても気になるところ。


「──ま、あまりよくんですけどね♪」

「──おい」

「痛いです、伊織!? 確かに、この長時間過ごそうものなら精神異常をきたしそうな空間だから、少しだけボケてみたつもりですけど、伊織の抓り方は何か痛いので、止めて下さい!?」


 痛ててと、再度伊織に抓られない位置まで、背後へと下がる涼音であったのだ。


「──話を戻しますと、前に“乙女課”で説明があった“ケモノ”について。それは殆ど合っています」

「……殆ど。あぁ、そう言う事か」

「早合点が治ったようで何よりです。──おっと、もう食らいませんとも」


 再度、伊織の手が涼音へと延びるが、流石に警戒されている上に距離を取られている以上、ただ空を切るだけだった。


「──それで此処からは、結構機密情報なんですけど。……伊織、今回の件についての仕返しで、言いふらしたりしないでくださいね?」

「……私を何だと思っている。流石に、他に話しちゃ不味い話を、他の人様に話すほど考えなしじゃないよ」

「そう。それなら、良かったです」



「──と言いつつ、あれからどれだけの時間が過ぎた? どう考えても、何度か階を降りた気がするのだけど」



 そんな感じで、何階か“ケモノ”等の巣穴を降りた、伊織と涼音。

 先ほどから、周囲の風景は変わらない。ただ、頑丈な土塊と幾何学模様の魔法陣で出来た、正直不気味とも呼べる洞窟内だった。

 しかし、涼音が言うには、かなり最深部に近いらしい。

 対して、そんな事情を碌に知らない伊織からしれみれば、信用を傾けるほどの変わり具合がある訳ではない。


「まぁ、実際に見て貰った方が早いですし。所謂あれです。──百聞は一見に如かず、です」

「……確かに、あまり要領も、傍から感じ取れるだけの才能もないからな」

「え、──がない? 嘘でしょ?」

「私だって、武芸百般という訳ではないんでね。──それよりも、私たちは一体何処へ向かっているんだ?」


 風景は、一切を以って変わらず。

 ただ、土塊と幾何学模様の魔法陣が、意味も分からず見えるだけ。

 それに対して涼音は、何やら納得がいかない様子であったのだが。それでも渋々と、渋々とではあるが、その話についての続きを話のだった。


「──まず伊織、貴女は“ケモノ”が何者か知っていますか?」

「さっきも、そんな風な話したよな。まぁ、人を喰らう程度ぐらいしか」

「……本当に必要最低限ですか。しかし、これから話すのはかなりの機密情報なので、取扱い諸共気を付けてくださいね」


 一応の、涼音の再度の念押し。

 しかして、それを理解した上であまり気にしていないのか、伊織は案外平然とした様子でそこに立っていた。実際彼女は、不満げを漏らすように人差し指で叩いているのだった。

 そんな、動じない伊織の様子を見て、涼音は一定の納得をしたかのように、再度話し続ける。


「──そもそも“ケモノ”とは、有性生殖や無性生殖などによって増えるものではないです」

「!? もしかして“ケモノ”は、自然に生まれたものではなく、何者かによって生み出された、所謂とでも言うのか!?」

「えぇ、が一体何かについては、まだ分かっていないですが、少なくとも生命の系統樹から派生した何者かという線はかなり薄いと、我々“乙女課”は見ています」


 ──詰まる話が、現存する自然界で進化などを繰り返した生命の系統樹とは、また別の存在という事だ。

 意味が分からないと思うかもしれないが、分かりやすい例に例えるなら、とやらがそれなりに近いだろう。実際、もしも彼等が存在するのなら、地球の生命の系統樹を通っていない以上、別次元の存在とも呼べるだろう。


「──だけど、そんな理解が出来ない“ケモノ”という存在であろうとも、所謂炭素生命体という事は分かっているから、特に問題はないですからね」

「問題は、ない……」

「そうでしょう? 伊織──貴女は、とあるで、“ケモノ”を殺して、それで願いを叶えたいでじょう?」


 一歩間違えれば、その涼音の言葉は、掛けた本人を侮辱するものであったのだろう。

 けれど、伊織は知っているのだ。

 確かに涼音は、むやみやたらな殺戮は嫌いとしている。実際、殺す必要がなければ殺さない、それが何時か害になれば平然と殺すという、結構割り切った性格をしているのだ。

 そして、ソレに当てはめて考えるなら、“ケモノ”を殺す事に何の後悔もない。

 

 だがその一方で、大切な人を大切にするタイプだ。

 何かを殺す事の重圧を、それなりに知っている。

 その上で、──あのいつも何かに伊織が、覚悟を決めて殺戮をしている行為を、馬鹿にするつもりはない。


「……まぁ、その話はこの際何処か隅にでも置いておいて。──それで、“ケモノ”はどうやって増えるんだ? さっき言った通りなら、どう"ケモノが増えるかは気になるんだけど」


 自業自得とはこの事。先ほどの伊織自身の発言から思い出して、ずぅんと黒く重く、曇天が彼女の空にあるようだった。


「……流石にそんなグロテスク? のようなものではないですから。とはいえ、少し方向性が違うだけですけど」

「今、方向性が違うと言った、言ったよね! ちょっと、私の心の限界量が溢れ出しそうなんだけど!?」

「それについては、今回の件と無関係そうですから。また今度の機会で──」


 納得できない。

 そんな終わり方をされた伊織としては、到底納得できない。少なくとも、ある程度の概要は知りたいと思うのは普通ではないのだろうか。

 しかして、そんな涼音の思いを踏みにじるような行為は、二人共望んでいる結末ではない。

 精々、勘のいい伊織は、をするだけだ。

 きっと、それが一番誰も気づかない結末なのだから──。


「──そう言えば、涼音。私たちって、一体この巣穴の最深部に行って、何をするんだ?」

「あ。えぇ、そうですね。確かにボクはそれを言ってなかったです。距離にしても丁度いいですし、それについて話しましょうか」


 だからこそ伊織は、かなり強引ながらも、話題を別のものにする。

 そして、焦りからなのか、碌な話題の話すべき内容も、何処か別のところへと思考が飛んで行った涼音。それ幸いと、伊織の話題へと思考を切り替えるのだった。


「──まずは伊織、貴女は何度か“ケモノ”の群れを討伐した事がありますか?」

「まぁ、何度かな。とはいえ、精々思い当たる奴がいる程度だがな」

「なら、問題はないです。そして、先ほどの言葉をすぐに撤回してしまうのだけど、──“ケモノ”はを作らないです」


 “ケモノ”は群れを作らない。

 確かに、伊織が見てきた“ケモノ”の中には、単体で梓ヶ丘に出現する奴もいた。勿論、集団で襲ってくる奴もいたにはいたが、最初のソイツ等との戦闘が一対一であったために、彼女からしてみればそちらの方が印象深い。

 しかし、涼音が言うには、少し違うらしいのだ───。


「群れを作らない?」

「えぇ。元々、人間のような思考回路どころか、まともな思考が各自でできない以上、群れなんておこがましいです。少なくとも、同じ読み方をする獣だって、群れ社会とやらを作っているんだし」

「思考が出来ない。──詰まる話が、考えるという行為自体が出来ないという事か?」

「それで合っています」


 一応って言った、一応って。

 しかし、伊織には心当たりがある内容だった。

 確かに、今まで出会った殆どの“ケモノ”は、戦い方に碌な工夫も技巧もない、稚拙とも呼ぶに値しないものが殆ど。基本的に、その場の対処の繰り返しだった。

 だが、一体だけ、───そのが存在した。

 あの鎧武者のような、人型の“ケモノ”だ。あれは、戦い方を知っていて、それでいて剣術という概念すらも理解していた。


「──そして、その。周辺の“ケモノ”たちを統括する、頭脳体とも呼べる個体が、恐らくこの真子島の最深部にいる」

「それが、この丁度真下だと?」

「えぇ、勘が良くて、話が進み易くて助かります。」


「そして、頭脳体に選ばれる“ケモノ”は、最低でも甲種。島自体を奴等の巣穴としている以上は、──最低でも1国家が討伐できるクラスのの“ケモノ”だと、そう考えても問題はありません。」


 油断だ。

 これはきっと、油断なのだ。

 たとえ、十数メートル以上離れているとはいえ、──歴種の“ケモノ”を侮るべきではなかったのだろう。


 唐突に、地面が瓦礫と化した現象。

 それが先が見えぬほど続いているのだから、おのずと何が起きているのか、嫌な予感というものがきっと教えてくれる筈だ。


「あれ、涼音。これってもしかして、からお迎えが来た感じか?」

「──えぇ、これからの戦いはそう簡単に勝てないから。精々伊織も気を付けてくださいね」



 割れた、割れた──。


 崩れた、崩れた──。



 瓦礫がガラガラと、伊織と涼音の足もとを崩していく。──まるで、今までの順調さが、足元から崩れていくように、ただガラガラと。


「──おっと。これは私の失態だったな。いやぁ、参った、参った」

「伊織。これは少し不味いかもしれませんね。いえ、手間が省けたと言えば、手間が省けたのですけど」

「──と、いうと?」

「えぇ。伊織の感知能力を掻い潜る隠密能力、魔法少女であろうともそう簡単に壊せないほどの床を何枚もぶち抜いて、その上この殺気──」


 そう言う涼音と伊織は、崩れ行く瓦礫の中を揉まれて、落ちて行く。

 勿論、先ほどの奇襲があったために伊織と涼音の気は張っていて、奇襲の類の心配は殆どないだろう。

 けれど、それでも気を緩める事ができない殺気。

 ナイフにも似た、鋭いまでの、人を喰らおうとする上位種的な圧倒力。

 ──嗚呼、伊織は見た事がないだろうが、の個体名を知れば、きっと納得する事だろう。

 そして、ソレを知っているであろう涼音の口から、彼の者の名が言祝がれた。




「──“ケモノ”。個体種、にも相当。タイプ:アニマル」



「──さしずめ、敢えて名付けるなら、"炎の獣”とでも言うべきだろうな、アレ」



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