第076話『真子島攻略作戦6・本当の自分』
──真子島、北部戦線にて。
そんなこんなで、蓮花が配置されたのは、真子島攻略における陽動作戦を行う北部戦線だったりした。
正直、これがもし伊織という、見習いであろうとも無視できないほどの規格外だったら、まだ話が分かる。実際、彼女はその実力を買われて、“ケモノ”の本拠地へ乗り込む部隊の一員になったのだから。
けれど、こうして戦場に立っている当の蓮花は伊織のような魔法少女でもなく、それどころか一般的な他魔法少女にすら劣る事だろう。
知っている。
知っているだろう。
……知っている筈だ。
──蓮花自身が、どれだけ無力なのかを、彼女自身は知っている。
「……本当に、私でいいのでしょうか」
誰も答えず、ただ蓮花の何気ない独り言は虚空へと消えていった。
だが蓮花も、何かしらの答えが欲しい訳でもなかった。
確かに蓮花は、彼女自身が知る通りとても無力な、
だがそれを、
無力だと叫んだところで、誰かが助けてくれる訳でもない。
無力だと理解したところで、何かが大きく変わる訳でもない。
──泥臭く足掻いて、
無意味とも思える努力を続けて、
それでも届きそうにもなくて──。
「──それでも私は、足掻かなくちゃいけない」
逃げてきた。
逃げてきた。
逃げて、逃げて。
それでも、逃げ続けた。
だからこそきっと、今日の戦い、──蓮花自身の
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鼻が曲がる思い。
血と硝煙の匂いは、まだ蓮花にとっては慣れないものだった。
しかし、一度通った道。そして、先ほどの決意を思い出して蓮花は、縮まった心臓を無理矢理にでも奮い立たせる。
「──皆さん。よろしくお願いします」
「「「魔法少女ミライさん。ありがとうございます」」」
それでも、唯一と言っていいほどに予想外に良い事があったりもした。
そう、
ちなみに、魔法少女“ミライ”というのは、蓮花の魔法少女名だったりする。今回の真子島攻略作戦がかなり急だったために適当に付けた名前だったけど、こうして戦場に立ってみてそれなりには気に入っている。
「……っ!」
けれども、此処は戦場、そんな現を抜かしている暇なんてない。
蓮花は、思考を元に戻す。
『名二名二名二?』
《柳田流杖術、震撃》
蓮花の目の前に迫ってきた“ケモノ”。それは、ただ戦場に無意味に立っている彼女を好機と思い、その肉を容易に断つ事の出来る牙を覗かせる。
だが、それよりも当の蓮花の方が速かった。
今、襲い掛かってきている“ケモノ”の頭部に向けてフルスイング。手に残る頭蓋を砕くような鈍い感覚と共に、その“ケモノ”が遠くに吹き飛んでいって、そして沈黙する様子を蓮花は見た。
殺す、殺されるの関係性は、何も“ケモノ”と
そこには勿論、当事者で主戦力な蓮花自身も含まれている。
──その姿は、いつの間にか血に濡れていたのだった。
「──っ、──っ、──っ」
殴り殺して。
殴り殺して。
殴り殺した。
支援して。
支援して。
支援をした。
蓮花の手に残る感触は、生命溢れる温かさと、命の燈火が消えていくただただ寒いばかりの冷たさ。まるでそれは、相対する二つの属性のようであった。
そして、あれからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか──。
元々、蓮花は自分自身の限界は分かっていた。とはいえ、無理をするのは先刻承知で、それを彼女は予想の内に入れて考えていたのだが。
しかし、それでもまだ、──まるで地獄の業火の如く、何時終わるかも分からずに戦いは続いている。
「(……視界がぼやけてきた。……足が棒みたい。……手なんて、まともに動いてくれない)」
『唖、唖ァァァァ!』
──ぐしゃり、っと鈍い音。
反射的に、蓮花自身が手にしている杖を振るい、肉を、骨を砕く鈍い感覚。あまり慣れたくもない、非日常さ。
いや、元々
それを蓮花が知覚しなかっただけで、そこら中に存在している。散々彼女は、特別な事ではないと、そう思い知っただろう。
「──っ、ぁっ」
ようやく、蓮花の周りの“ケモノ”の掃討が終わった。
息を久しぶりに、そして碌に吸う。
たとえ、蓮花の周りが“ケモノ”の死骸で死屍累々であっても、集中が切れてしまってどうにも動けそうにない。きっと伊織や涼音が今の彼女の事を見ていたとしたら、口五月蝿く色々と言われていた事だろう。
とはいえ、ゆっくりはできない。
何せ、蓮花自身の周囲の“ケモノ”を掃討しただけであって、今だ他にソイツ等は残っている。
その上、この血と硝酸の匂いの中でちゃんと休めるほど、蓮花の精神はまともな状態のままであったからだ。
──そんな時だった。
ふと、休憩がてらに蓮花が“ケモノ”がいない、荒れた心が澄み渡りそうな海岸線を見ていると、何やら彼女自身の神経がぞわりと逆立つ
ぞわり。
ぞわり。
ぞわり。
ぞわり。
もう、嫌な予感という曖昧なものでは片付けられないほどの悪寒を、息乱れたままの蓮花は覚える。
そしてその感覚は、前にも覚えがあるのだ。そうあれは、梓ヶ丘に“ケモノ”が襲来した時の嫌な予感ととても似ている。
嗚呼、時に嫌な予感というものは、恐ろしいまでの的中率を誇るのだった。
♢♦♢♦♢
「──クリサンセマムリーダーより、各機。
「「「了解!!」」」
疾走する砂煙。
銃声と、飛来する硝酸。
銃弾に貫かれて、肉を抉られ飛び散る血飛沫。
そして、“ケモノ”の叫び声。
──今だ、クリサンセマム含め四大隊は、北部戦線にて陽動作戦を継続中。
損害は多少あれど、今だ一人の死者が出ていないという事は、僥倖という他ない。確かに、怪我人はそれなりに出てしまっているが、それでも戦線復帰の出来ない死者を出すよりかずっとマシだった。
しかし、状況が良くなったという訳ではない。
何せ、今だ巣穴から北部戦線へと進攻してきている“ケモノ”の数は減らず。今でこそ、蓮花の支援系の《マホウ》で倒せてはいるものの、これが長時間続けば各自の疲労も支援についても、考えなくてはならないのだ。
──そして、お世辞にも良いとは言えない現状に畳みかけるようにして、嫌な事は起きる。
『──魔法少女レイより、各機。真子島北部の小島から、“ケモノ”の進攻を確認。予想到着位置は、真子島北部戦線後方にて。此方でも対応策を行っておりますが、どうにか持ちこたえて下さい』
「──っ。クリサンセマムリーダーより、各機。先ほどの通信を耳にしたと思うが、これより我々は戦線後方の海岸に臨時の防衛拠点を建設する。尚、防衛戦においては、魔法少女
「クリサンセマム1、了解。こりゃぁ、かなり厳しい戦いになりそうだなぁ」
「クリサンセマム2、了解。
「クリサンセマム3、了解ぃ。どーせ死ぬなら、精々奴等を一匹でも道連れにしてやるとも」
「クリサンセマム4、了解しました。そこ、どうせ死ぬとか言わない。ちゃんと、帰ってくるんだから」
「クリサンセマム5、了解。でも、俺様が一匹残らず殺しても構わんのだろう?」
「クリサンセマム6、了解しました。──リーダー、俺等の命、アンタに預けます」
──……。
♢♦♢♦♢
北部戦線臨時防衛ラインにて、──あれから、30分ほどの時間が過ぎた。
比較的、“ケモノ”の危険度は低めな両種と乙種の混成であったが、それでもその数は偉大である。何せ、もう既に第一防衛ラインを突破されたのだから。
防衛ラインといっても、それは臨時のものに過ぎない。
けれどそれは、実践で十分通用するものであるのと同時に、現在の資材では未完が限界であった。ここまで持ちこたえた事を褒めはすれど、貶す事はないだろう。
だか、アレが襲来して戦況は大きく変わった──。
今でこそ、魔法少女ミライが足止めをしてくれているが、こんな状況何時まで持つか分かったものではない。
これでもし、先の通信であったほかの甲種の“ケモノ”なんて襲来しようものなら、とっくの昔に全防衛ラインは突破されていた筈だ。
「………ほんと、よく頑張ったよな」
「畜生ぅ!? 本当はお前は弱ぇんだから!」
「最悪だ。“ケモノ”が張り付いてきて………齧られ、俺の腕が齧られている!?」
「じっとしていろ、クリサンセマム3。ナイフで剥がしてやるから!」
「クリサンセマムリーダー。第二防衛ラインも時間の問題です。後方にて、最終防衛ラインの準備を進言します!」
“ケモノ”の死骸が、あちこちに見られる。
だけれども、進攻をしてきている奴等の数が減る様子は、一向に見られない。
確かに、魔法少女の援護、地上海上戦力による援護射撃、そして
けれども、それを上回るのが、“ケモノ”の大規模進攻であった。
そして──。
「──魔法少女レイより、
「……時間だ。クリサンセマムリーダーより、各機。先ほどの指示は聞いただろうな。これから我々は、防衛ラインのための時間稼ぎを行う。そして、各機己の判断にて後退されたし」
「「「……」」」
「──だけどもよぉ、此処で逃げ出す臆病者は、我が隊にはいないよなぁ!? 魔法少女という、生身の年端も行かない少女たちが殿をするんだ。我らは精々、そのための時間稼ぎと“ケモノ”の掃討をしてやろうじゃないか! 全機、防衛射撃、開始!!」
「「「───了解!!」」」
これから始まるのは、終わりを知らぬ防衛戦。
明日を見る影もなく、まともな死なんて望む事なかれ。
最後の生き様を、精々血飛沫と硝酸で彩り──。
♢♦♢♦♢
「──畜生っ」
それと同時刻。
蓮花も先ほどの言葉を聞いていたのだ。
握りしめる左手からは、つーっと、少しばかりの流血が。
また、何も出来なかった。
何も出来なかったのだ。
確かに、蓮花は自身の《マホウ》による支援で、本来死ぬ筈だった人たちを助けたのかもしれない。“ケモノ”を屠った事によって、被害を減らしたのかもしれない。
けれど、それがどうしたのだという話だ。
何か活躍した訳でも、ましてや誰かを直接実感を得るほどに助けた訳でもない。ただ、そこにいて、“ケモノ”を数える程度しか倒せていない、その事実だけだ。
そして、先ほどまで一緒にいた
──だがそこに、蓮花自身はいない。
目の前に鎮座する、人類の敵たる"ケモノ”の死骸の数々。
目の前に迫る、蓮花の命の稼働を止めようとする、およそ10メートルはあるであろう”ケモノ”。
動けなくなった蓮花に対して、絶望とも、現実とも呼ぶべき魔手が向けられ、そして伸ばされる。
蓮花は幸運にも知らないであろうが、おそらくは《甲種特異のケモノ》》。
まだ魔法少女として日が浅く、そして特別な才能がある訳ではない蓮花にとって、あまりにも勝つ手段が存在していなかった。
そしてそれを、蓮花自身が一番分かっている事だ──。
所謂、囮というやつ。
自己犠牲精神な蓮花が進んで立候補した訳なのだが、こんな結末なんて、最初から当人だって分かり切っている事だった。
「──っ、ぁっ!」
死に体に鞭を打つ。
死にたくない。
死にたくないのだけれども。
──それ以上に、この理不尽な世界において、何も成しえない、何者にもなれない、そんな蓮花自身が一番怖かったのだ。
《柳田流杖術、揺》
その恐怖心で。
そして、渾身の一撃にて蓮花は、何匹もの"ケモノ”を殺してきた血濡れの杖を振るう。
──だが、防がれた。
先ほどまで興味がなかったその"ケモノ”は、敵意を以ってして杖を振るう蓮花に対して一定の興味を向ける。
だが、ただそれだけ、ただそれだけの話。
何をするでもなくその歴種の"ケモノ”は、さしてダメージを受けた様子もなく、ただ邪魔な物を排除するように、その剛腕を振るう。
そしてその結末なんて、蓮花の敗北にて閉幕を告げられた──。
「(………良かった)」
不謹慎なまでの、蓮花自身の思い。
けれどそれは、──与えられる筈のなかった、最後のチャンス。きっと、今後碌に与えられない、最後の機会なのだ。
でも──。
「(……足が重い、動かない。)」
蓮花自身の体が、まるで鉛で再構成されたかのように、動かない。
手から感じられる生気の類はなく、ただ吹雪の中を必死で歩き続けた時のように冷たかった。
動こうと。蓮花は何度も動こうとしているのだけど、体は言う事を聞いてくれないのだ。どれだけ、渇望をしようとも、彼女自身の体はきっと
我ながら、自分自身がとても情けない。
でも──、嗚呼、きっと──。
『……──あらあら。相変わらず、蓮花様は泣き虫でございますね』
『──失敗作。そう言われたのですね』
『──でも大丈夫です。私だけは蓮花様の味方です』
『──ただ皆は、蓮花様が救世主になる事を。──まだ知らないだけにございます』
「──私は決めたんだ! どれだけ力が劣っていたとしても、自分の──他人の期待を裏切らないって。──絶対に諦めないって、そう決めたんだ!!」
立ち上がる──。
──一体なにが出来るのだろうか。
立ち上がる──。
──何も出来ないかもしれない、弱いから。
立ち上がる──。
──でも、諦める理由にはならない。
構える──。
──全部を以ってして生きたいと、そう思うのだ。
「──ぅっ、らぁっ!!」
手持ちに、何も武器なんて上等なものは存在しない。
先ほどまで蓮花が使っていた杖だって、先の目の前の歴種の"ケモノ”の一撃を受けた際に折れてしまったのだ。
直る保証なんて存在しない。
しないのだけど、今もこうして蓮花が立っていられるのだから。
拳を振るう──。
何も変哲もない、意味のある行為とは思えない一撃。
何するか。
それでも蓮花は、その拳を振るうのだ。
『菟、唖ァァァァ!』
そして、どのような偶然か──。その歴種の"ケモノ”も蓮花と同じように、その拳を振るう。
何も破壊をもする、その殺戮の剛腕から放たれる拳。
嗚呼、あの時の出来事を、つい思い出してしまいそうだ。
怖い。
怖い。
怖くて、たまらない。
けどそれ以上に、負ける訳にはいかない。
誰かのためだなんて。
誰かを助けるためだなんて。
戦う理由を誰かに求めるような真似だなんて、もう辞めた。
そう私が──。
──私が、私であるために、その拳を振るうのだ。
「──っ!!」
『──ッ!!』
圧倒的な対格差。
圧倒的な質量の差。
圧倒的な絶望の差。
それでも。
圧倒的な技術の差。
圧倒的な思いの差。
圧倒的な信念の差。
そして、永遠にも似た時間の中で蓮花は、自身の渾身の一撃と、何もかもを残骸へと帰るその歴種の"ケモノ”の拳がぶつかり合うのを見た。
均衡なんて、最初から存在していなかった。
そして、結末なんて分かり切っている事だった──。
「──っ、らぁっ!!」
お互いの拳が衝突した瞬間──、何故か拮抗をした──。
その理由を知るまでもなく、当の蓮花は更にその拳を突き出すのだ。
これが正解だなんて、思ってもいない。
『──菟ゥゥゥゥ!?』
罅が入る。
そしてそれが、"ケモノ”自身の腕から体へと、伝播をするように崩壊を始める。
どうしようもない。
その崩壊を止める方法を知らず、自身が負けるだなんて結末を知らず、そして目の前の少女に対して驚愕を覚えているだなんて知らず。
……──意識が消える。
その瞬間を以ってして、その甲種特異の"ケモノ”は、絶命を果たしたのだった──。
「……」
崩壊を続け倒れ伏す甲種特異の"ケモノ”に対して、勝者となった当の蓮花は立ちつくしたままだ。
死んだのか。
いや死んでいない、意識はあるし、体もまだ動く。
そして、先ほどの拳による渾身の一撃を放った右手。たとえ身体強化型の人外めいた魔法少女であったとしても、解放骨折など重症を負っててもおかしくない一撃だった。
だが、その右手は存命だ。
しかしその右手──いや右腕まで含めたその全て。
蓮花の右腕全てが、黒鋼の光沢を放つ義手へと、変貌を遂げていた。
その驚愕の事実の上で言おう。
蓮花の右腕だけではない。──その左足までをその黒鋼の光沢を放つ義足へと、がらりと変貌を遂げているのだった。
先ほどの衝撃──いや意識の変革と共に、蓮花の右腕と左足は、戦うための義手義足へとその機能を変えた。
「……──どうにか勝てました、か。ですけど──」
『名二名二?』
『──ゥゥゥ、阿ァァァァ!』
『絵モ野、絵モ野!』
甲種特異の"ケモノ”を倒したところで、蓮花の窮地──いや北部戦線の窮地が救われた訳ではない。
確かに歴種の"ケモノ”は、この戦況を一変させるだけの、とても強力な個体であったのだろう。
だがこれは現実だ。
強力なリーダー格の"ケモノ”を倒したところで勝利したという訳ではなく、今だ膨大な数までの他の"ケモノ”は存命している。
対して蓮花は、瀕死の重体。鞭を打って無理矢理にでも動かしているのだが、その鋭利なまでの神経が切れた時、それは蓮花の実質的なまでの『死』を意味するのだろう。
ただこの戦力差、そもそもの死は覆らない、か。
でも、だからこそ、劣勢の状況であっても蓮花は、高らかに宣言を発するのだった──。
「──"
高らかに宣言をしたところで、何かが変わる訳ではない。
いや、変わったのだろう。
少なくともこうして蓮花は、立っているのだから──。
🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷
お疲れ様です。
感想やレビューなどなど。お待ちしております。
さてさて。
ようやく病気から復活しましたので、これからも頑張って執筆していきたいと思います!
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