第077話『真子島攻略作戦7・私が私であるために』


《柳田流体術、破山》



 迫りくる大型の"ケモノ”の懐に潜り込むと、そのまま拳一閃──。

 本来は、相手の五臓六腑を粉みじんにする一撃。

 機械音なショットシェルと共に、身体強化を施した蓮花が拳を叩きつけた"ケモノ”は、そのまま爆散を果たす。

 

 正しく無双。

 しかして傷痕。

 少なくとも、人類の敵と称する奴等を相手に無双をする蓮花の姿は、正しくを呼ぶ存在だ。


「……」


 蓮花は、乙女漫画の主人公に憧れた──。

 華を愛して、可愛らしい、そんな乙女感。

 元々、蓮花が令嬢などが集まる"聖シストミア学園”に編入したのだって、少しは参考になったり近づけたりと、そう目論んでいたに過ぎない。

 とはいえ、現実そんなにうまくいったりはしなくて、けれど良い仲間ができたのだから、案外プラマイ0には収めてくれるらしい。


 たとえ、"ケモノ”を殺すための鋼鉄で彩られた義手と義足だったとしても、少しは可愛らしい少女に成れるだなんて、そう憧れた──。


 だが、現実は非情だ──。

 武力を切り捨てた蓮花にとって、戦場は恐るべきものだった。

 しかし、どうにかなる、どうにか出来ると、そう蓮花は心の中で思い続けて戦い続けていたのだ。

 ──

 無力だった。

 ”ケモノ”を殺すために造られた"人類強化計画第二世代型ハイヒューマンプロジェクト2型──その今現在進行形で数多の“ケモノ”を屠っている義手と義足を使用すれば、助けられた命があるんじゃないかと、そう思うのだ。


 しかし、失われた命が戻ることはない。

 後悔をしたところで、終わった結末が変わる事はない。

 何処か非現実的で、特に己自身に戦う理由のなかった蓮花にとって、画面越しに体験をするような感覚であったのだ。



 だが、共に戦っていた仲間が死んで──。



 その名前が墓碑に刻まれた時──。



 ──嗚呼、死んだのだと、今更ながら実感をするのだった。

 


「──私はただ、だったのかもしれません。私自身何処か蚊帳の外で、"ケモノ”と戦っている時だって主人公な夢でも見ている気分でした。」



「──でも私は私だった。あの日、救える筈だった力を捨てた私は、何処まで行っても無力な私だった。」



「──何処かで、"強くてニューゲーム”と思っていたのかもしれません。」



「──無力が、怖かった、から」



 迫りくる無数の"ケモノ”の群れ。

 多勢に無勢とはこのことで。

 確かに、パワーアップをした蓮花は、それこそ全世界の魔法少女の中でも平均以上の選りすぐりの魔法少女と言えるだろう。

 だが、それほどまでの蓮花には、この戦場の天秤を傾けるほどの力は存在しない。

 いや別に、相性が悪いのもあるだろうが。

 それ以上に蓮花は、のだ──。


 流石に蓮花自身の力とはいえ、この空白の数年間のブランクを埋めるほどの才は存在し得ない。

 勝てるだろうか。──その考えが、軋みを上げ続ける蓮花の脳裏をよぎる。

 いや、それを考える必要なんて、殿を務める蓮花には関係のない話。



「それでも私は、最後まで頑張らなくちゃいけない」



 それは決して、誰かのためではない。

 そんな甘い考え、当の前と言えたら恰好良いのかもしれないが、生憎先ほど捨てられたばかりだ。

 だけれども、こうして蓮花自身は立っている、以上。

 



「──誰のためでもない。私が、私自身であるために!」






「──嗚呼、嫌いですわ、この声。私から何もかも奪い去って行った、その忌まわしき声。






 可憐な言葉は、戦場にて紡がれた。

 そしてその瞬間、──血と硝煙、それに悲鳴と雄叫びが交差する戦場にて、新たにが現れた。


「……えっ」


 戸惑うのも当然な話。

 その業火は、今しがた覚悟を決めた蓮花の目の前にいた“ケモノ”等を、塵芥同然に消し飛ばしたのだ。そしてそれは、燃える業火の範囲からして、他に存在していた奴等もろとも消し飛ばした筈。

 ──詰まる話が、先の一撃で此処一帯の“ケモノ”が消し飛ばされたのだ。

 そいてそれは、たとえ“ケモノ”の部類としては弱めな丙種と乙種の混成だったとしても、並大抵の力量では決してなしえない、英雄斯く言うほどの戦果であった。


 嗚呼、当の蓮花には、この光景が記憶に残るほどに鮮烈だったのだろう。

 そう、あれはきっと蓮花にとって、一種の選択肢。

 そして、そこで出会った彼女を──忘却する事なんて決して出来きない、呪いにも似た悪寒だった。


「──さん」

「えぇ、一応別に私自身の魔法少女名がありますけど、他に人もいないですしいいでしょう。──そうです、貴女を殺そうとした、“カレン・フェニーミア”ですわ」

「どうして、……カレンさんが此処に」


 いや、蓮花自身だって、ある程度の予想は付くというものだ。

 けれど蓮花は、何処かカレンの事を否定したがっている。

 だって、そうでしょう──。


 前から思っていた、烈火の如く艶をはためかせる深紅の長い髪。

 人の上に立つのが当然と云わんばかりの、自信に満ち溢れた鋭いブルーサファイアの瞳。

 そして、まるで、カレン自身が魔法少女だとそう宣言するかのような、短めな紅いドレスに身を包む。

 正直、──カレン・フェニーミアをではないと、そう言う方が無理難題な話だった。


「伊織さんの役に立ちたい、そう思うのは当然の事でしょう?」

「……当然では、というのは兎も角として。今までの私なら言わなかったでしょうが、伊織さんの役に立ちたい、その気持ちは理解できます」

「……生意気ですわね、蓮花さんがそんな前向きな気持ちでいるなんて」

「えぇ、何せ──こちとら醜い過去を切り捨ててきたばっかりで、少し勝気なものでね」


 前にカレンに殺されかけたというのに、蓮花は煽るようにしてその宣言を発言した。

 確かに、蓮花とて聖人ではない。殺された掛けたという事実に対して、少しばかりの憤りを感じるし、ぶっちゃけ一発はその綺麗な顔面を殴りたい気持ちがある。

 だがそれは、向こうが向こうの、自分勝手な都合があったからに過ぎない。

 もっともそれで、十分なほどに激怒する理由にはなるが、蓮花としてはしょうがないという片付け方をするしか他ないのだ。


「──正直、私は蓮花、貴女の事が嫌いです。私が此処に来た理由だって、伊織さんの手伝いをしたいからであって、誰かを何かを助けたい自己犠牲のためではありませんわ」

「……私、やっぱり思いっきり嫌われてしまいましたか」

「元から嫌われていた事は、貴女も薄々気付いていたでしょう? ──でも私とて、人を邪険にしたままな、私ではありませんわ!!」


 そう、力強く宣言するのと同時に、夜空を舞う星々にも似た糸が宙を舞う。

 それには、蓮花とて記憶にはちょっとが、鋼糸と呼ばれる武器。しかして、武器と呼ぶにはあまりにも心許ないのだけど、その扱いが熟練級のカレンであればその評価は、恐怖を刻みつけるほどに一変する。


『葉ヤ区。葉ヤ区』

『唖、唖ァァァァ!』

『矢メ手。矢メ手』


 駆けよる。

 駆けよる。

 一目散に、獲物に在りつけた獣が餌に寄ってくるように。その名を冠する“ケモノ”は、疾風じみた速度で駆け寄ってくる。

 当然、彼等が獲物と判断したのは、麗しきドレスを身に纏うカレン。

 獲物と判断をするという他に、彼等はきっと“そうはさせるか”と本能が突き動かしているのだろう。



 ───だがそれよりも、カレンの方が一手早かった。



《柳田流鉄糸術、死柄利宝線》



 燃え盛る業火を背景に、鋼糸が宙を舞う。

 その数、──蓮花からでは判断する事ができないほどに隠された、まさに本来の術義にも似た暗殺術。

 だがそれは、暗殺術の類と判断するのには、あまりにも広範囲だった。

 ──ぐしゃりと、辺りから聞こえる、複数の生々しい肉を断つ音。その数、蓮花の視界に収めるだけでも、おおよそ数百ほどであった。


 一撃にて、相手に気付かれぬまま、数百もの相手を屠る神技。

 まさに、武芸者が頂の栄光を、それを眺める事ができる神域の天才。

 だがそれは、──神世の武芸者が使う事を前提に構成されている、という事で。


「───くっ!?」

「カ、カレンさん!?」


 ──たとえ、天才的な才能に努力を重ねた者であろうとも、代償は存在する。

 飛び散る血飛沫。──それは、“ケモノ”の肉体が断たれた事によるものではなく、神技を行使した蓮花自身の自傷。

 嗚呼、その白い柔肌が傷と血飛沫で彩られる。


「ですが、──問題はありませんわ!?」


 はて、それはカレン自身の想定内であったが、更に彼女は一歩前へ出る。

 そして、まるでカレン肌から噴き出した血が、発火剤のように発火を延焼を続けていくのだ。

潰える事なく、潰える事なく。

 ──“殺戮”と“自傷”を繰り返す様はとても。


「──綺麗」


 そう、不意にポツリと漏れ出した、当の蓮花からしての意味不明な言葉。

 確かに、何に綺麗だとかの感想を張り付けるかは、その当の本人たちの自由であろう。それだけの言論思想の私有が、この国にはあるとそう信じたい。

 だが、殺戮と自傷の繰り返しを、綺麗というにはあまりにも常人の枠に収まっていない。

 けれど、しょうがない。──それはあまりにも、絵画で描かれるほどにだったのだ。


「──っ!?」


 痛みに一瞬思考を持って行かれたか。

 大量殺戮を繰り返すカレンの懐に、一匹の丙種の"ケモノ”が侵入を果たす。

 丙種の"ケモノ”とて侮る事なかれ。

 あの日──収容されていた当のカレンは知らないであろうが、"だったのだから。


 だが、その忌まわしき過去を知らないカレンとて、そう簡単に油断なんて出来ない、出来る筈もない。

 しかして事実、当のカレン自身の懐に潜り込まれてしまっているのだ。

 たとえ、どのように弁明したところで行動が、そして結末がかわったりだなんて都合の良い話は存在しない。


『菟、唖ァァァァ!』

「──くっ!?」


 迫る。

 迫る。

 その命を奪うほどの凶器が、大量殺戮を繰り返すカレンの柔肌へと近づいてくる。



 そして。




 何の因果か。




 その"ケモノ”を、因縁である蓮花の拳にて粉砕をした──。




「……何の用ですか」

「殺されそうになっていた貴女を助けただけです」

「別に、どうにかなりましたし……」

「別にどうにかなる話でもないでしょう。実際死にそうでしたし」


「……辛辣になりましたわね」

「まぁ、私を殺そうとした人に対して好印象を抱くなんて、無理難題過ぎますし」

「それもそうですわね。──私も蓮花さんの事が嫌いですから」

「えぇ、私も己の力を誇示するような貴女の事は、大っ嫌いですからっ!」


 だがそれでも。

 それでも、互いの力を信頼しているが故に、蓮花とカレンは背中合わせに無数の"ケモノ”へと立ち向かう。

 信頼とはそもそも、良い印象を抱いているからこそ生まれるものではない。

 信頼とは、相手の能力を信頼をして、そして頼る事だ──。


 援護射撃の雨が、カレンと蓮花の舞台を彩る。

 どちらもにとって、何と皮肉か。

 だが、不思議と悪い気分ではない。



 そう、誰かのためだなんて他人事ではない。

 己の願いのため。

 私が私のために、戦い続けるのだ──。



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